|「地元アーティスト雑貨」+「ローカル・レコードレーベル 」=TLE
ポートランド空港でもひときわ目立つ、ポップでおしゃれな外観のお店。軽い空気感をまとった店内には、通常の土産店とは一線を画している様子です。
陳列棚には、地元アーティストのハンドメイド・ジュエリーやクラフトビール。その横には、独立系自家レーベルのレコードも。そんなポートランドのクリエイティブなものが、ひとつひとつ声を発しているかの様に並んでいます。魅力的なモノをセレクトしているので、それを引き出すディスプレイを心掛けているように見受けられますが、何か他にもヒントがありそうな。
そんな日々の暮らしを楽しくする、モノとコトを提案するセレクトショップブランド。それが、Tender Loving Empire(テンダー・ラヴィング・エンパイヤ。以下、TLEと略す)。
TLEのオーナーである、ブリアンとジェレッド夫妻。私がそんな彼らと出会ったのは、レコードと雑貨のセレクトショップを作ることに全力で取り組み始めた、すぐの頃でした。ダウンタウンにほど近い、木洩れ日がわずかに入る共同インキュベーターセンターの一室。音楽レーベルを広げていきたい。そして将来的には、音楽レーベルの海外展開をしたいという。そんな、淡くも深い相談をされたのがきっかけでした。
それから約14年の時を経て、今では6店舗までに成長を遂げています。ビジネスを拡大し続けることで、何か変化したことがあるかと尋ねました。すると、「二人のオリジナル・コンセプトに変化はない」と前置きしつつ、「変わらない」と「変わり続ける」こころを大切にしているという答えが返ってきました。
一見相反するこの二つの事柄。でも、「このコロナ禍で、より一層進化させていくという思いが募ってきた。」という二人。そんな彼らに、地元のクラフトメーカー、アーティストそしてミュージシャンを第一に考え支援しつつ、ビジネスを前進させていく運営の極意をお聞きしました。
|地元アーティスト支援型、ビジネスモデルケース
「TLEは、地元のクリエイティブ・コミュニティをサポートしたいという思いから生まれたのです。」とブリアンは語り出します。
思い出せない頃から、レコードレーベルと地元アーティスト作品の両方を扱う雑貨店を持ちたい。そんな夢を持ち描いていた二人。結婚を機に、このアイデアを現実のものにするために、新婚間もない小さなアパートでビジネス計画を開始します。
以前から、活動や発表の場が少ないと嘆いていた音楽仲間や美術学校の友人たち。そんな声を反映させる形で、既存の小売方法ではなく、アーティストのためのアート作品プラットフォームを作ること。それを通じて、地元ポートランドや国内、そして海外へアプローチするというプランを立てていきました。
「アートや音楽、DIY文化、そして創造性によってコミュニティーが形成され、強化される方法に惹かれました。ビジネスを始めた2007年には、ウェブ上でハンドメイドの商品を扱うプラットフォームなんてなかったですし。それに加えて、地元アーティスト商品をあつかう実店舗もほぼ皆無だったのです。
また当時の音楽産業は、一気にデジタル化に進む流れ。そのような潮目と逆行するかのように、より人間味のある音を生産し続けたいという思いが募っていきました。」
じっくりと、そして時には大胆に。そのビジネスプランニングを着実に現実のものとしてきた、ブリアンとジャレット。現在では、彼らの影響を受けて、多くのローカルショップがポートランド地元アーティストの商品を販売するに至っています。
「大げさに聞こえるかもしれませんだが、私たちの使命はクリエイティブな生活を尊重し提案していくこと。そして、アーティストのコミュニティーと生活を支援することです。皆それぞれが美しいと思うモノに包まれ、心を込めた生活をしたいと願う心豊かな暮らしを提供したいのです。」
時代遅れな音作りとまで非難された、TLEレコード部門ビジネス。しかしここ数年、レコードという音に再度脚光が集まっています。
「最近のレコードを見直すという風潮は、うれしい限りです。かといって、その流行りに振り回されることもありません。創設当初からのポリシーである、『より多くの利益をアーティストに還元するビジネス運営』。ここをぶれずに引き続き行っていくことに心を砕いています。大手レーベルや多くのインディーズレーベルは、新進気鋭のアーティストに門戸を閉ざしたり、バンドが赤字になるような契約を交わすことも多々あります。このような現実を把握した上で、アーティスト支援型というモデルケースを行っているのです。」
この様に、アーティストを成長させて生計を成り立たせつつ、世に送り出していくという方法を実践しているTLE。元々、地元産のモノやコトをサポートするという精神が根付いているポートランドの町。この文化的背景と住人のサポートによって、一起業社として発展をし続けることができたのだと感じます。
では、その独自の『アーティスト総合雇用』ともいえるもの。それは、いったいどの様なものなのでしょうか。
「私たちのビジネスがユニークなのは、サポートをする対象がミュージシャンやアーティスト作家だけではない点です。すなわち、その分野に関係する何百もの職種や中小メーカー。それを包括的にサポートしているところなのです。」
ハンドメイド製品販売を「どんぶり勘定型の小規模経営」のビジネスモデルから脱却させて、包括的なサポートを提供する。このような、『新たな雇用を生み出す』独自の方法を行っているといいます。
例えば、アーティスト作品を販売する販売員。自社ブランド服やアクセサリー、小物を販売のためのマーケティング職。バンドがアルバムをリリースするために必要なすべてのことを行う、コーディネーター職。製造、プロモーション、流通、そして時にはマネジメントやブッキングといった様々な職です。
「因みにTLEでは、独自のビジネスプランを元に今まで何千人ものアーティストを支援してきました。その総額金は、億(円)単位となっています。各アーティストの活動に見合った報酬をきちんと支払い、彼らの生活を成り立たせてる仕組み。この額から見ても、当ビジネスモデルの成功が計り知れます。」
さらには、モノを作り出す事に長けているアーティスト。しかしそれを販売するとなると、なかなかうまくいかない。ノウハウが無いからです。そのことから、新人アーティストやクリエイティブなビジネスを指導するという新たな役割も担っている、と話しを続けます。セミナーやワークショップを開催して、商品をお店に売る方法。また、バイヤーが求めているものを探るプランニング法。商品のデザインやプレゼンテーションの指導なども、ビジネスの一環として行います。
「結局のところ、私たちはアーティストをサポートし続けたい。店舗数が増えて広くなれば、その可能性も必然的に広がっていくのですから。」
紆余曲折ありながらも、右肩上がりだったビジネス。しかし、そんな矢先のコロナ打撃。小売店や音楽ビジネス業界は、万国共通で大きなダメージを受けます。
そんな中、「くじけるな。悪いことの反面には必ず良いことがある。」と自分自身に言い聞かせる毎日。具体的なビジネス案を練って進んでいくその日々と気付きとは、いったいどの様なものなのでしょうか。
|コロナ禍と小売業の試練、そして心をつくす
「コロナ禍でビジネスを運営すること。これは、今までの人生の中で経験もしたことがなかったほど最も困難なことでした。このポートランドでも、多くの小売り店が閉店に追い込まれたことは同じ経営者として胸が痛みます。
私たちの会社も、一時的にすべての路面店を閉鎖。当時55人いた従業員を9人まで減らしました。彼らには、復帰を約束した形での一時解雇を提示をしました。こうすれば、彼らは正式に政府からの失業給付金が受け取れますので。
去年からつい最近まで、残りの社員と一緒にウェブサイトの見直しと運営。路面店再開をより効率的するため、新しい戦略を立てるということに時間に費やしてきました。もちろん、このような不安と不確実性の中で事業の新しい計画を立てることは、運営面、財務面で困難でしたし精神的にも非常に大きな負担となりました。
でも、想像力と創造性、そして回復力を蓄えながら前進するしか選択肢は無かったのです。とにかくすべての業務を評価し直して、効率化を図る仕事から取り掛かりました。またその時期に、政府からの緊急援助資金を得られたことも大きな助けの一つとなりました。
ピンチを有益に変えるという考えの元、実は、先月新しい店舗を一つオープンさせました!不安におののきながらも、未来を信じることで困難を乗り越えるすべを学び、学びつつあります。」
さらにこのコロナの影響から、『持続可能性のコンセプト』をより一層前に出していく。これが、米国の小売業界の流れの主軸になっていくことも説明してくれました。
「実際、私たちのベンダーの多くは、今まで以上に持続可能性を重視していく方向に進んでいるのです。ほぼすべての商品に関して、オーガニックで持続可能な原材料を使用しているところを優先的に選んだりする傾向が強くなっています。また、リサイクル素材やアップサイクル素材を使って、製品を作っているブランド自体も倍増しています。」
コロナ禍中・後となる今からの時代。持続可能性、エコを抜きにして小売業の発展は無いと言い切っても過言ではないと断言をするブリアンさん。それは、その様な商品やプロダクツを顧客が求めているという意味においても同様だと教えてくれました。
|親として、人としての学び
ビジネスの話になると、つい熱くなってしまうというブリアンとジェレッドさん。現在、3才と9才になるお子さんの話になれば、それは初夏のような空気へと変わります。
去年はほぼ一年間、学校や保育園に通えなかった二人の子供。数か月前からやっと、時間差登校とクラス人数制限下での通学型授業も開始されました。
ビジネスを立ち上げ、運営に必死な日々の中での子育て。夫婦一緒に子供を育てていくことは喜びだとほほ笑みます。
とは言え多忙な暮らし、毎日があっという間に過ぎていきます。そんな中、去年から今年にかけて家族と一緒に過ごす時間が必然的に増えました。ある日ふと、子供がものすごく成長していることにハッと気が付きます。
「ビジネスへの深い思いとそれにかけていた長い時間。でもそれよりも、もっと愛情で多くの時間を子供達に掛けていたか。それを考える良いきっかけになりました。混乱した困難な日々において、子供達は『単純なよろこび、そしてシンプルであることの大切さ』を私たち夫婦に教えてくれたのです。」
それを機に、結婚した当初よく話していた自分達のモットーを思い出したと言います。それは、『心を込めて、日々を生きる』ということ。
「人々が皆、自分の夢と希望を追い求め、他の人が成功するのを助けることができる。地域社会を楽しく、平等的で人間として生活がしやすい場所にしていく。そんな思いを抱きながら、暮らしていきたいと再度思ったのです。」
まだまだ、世界的に苦しいこの時期。世の中の多くの人が、苦難から自分の人生を見つめ直し、自分自身のために勇気を持って変化を起こす姿。それを見て、多くを学んだと言います。
実の所、ブリアンは「長年、自己肯定ができずに苦しみ悩んできた。」と言います。でもこのコロナ禍の2年間で、コントロールできないことよりもコントロールできることに集中することを学ばざる得なかった。そして、このことで殻を破ることができ、自己成長につながったと静かに語ってくれました
「今では自分対して、大分自信が持てるようになりました。そして日々の困難に直面しても、簡単には動じなくなりました。困難なことを乗り越えたときには、将来的にも同じことができるという自信につながります。去年から今年にかけては、本当に辛い時期でした。でも、それを自己学習しながら乗り越え成長できたことがうれしいのです。」
私たちが、意識をして共助をしていく。そうすれば、家族を含めたこの地域社会はもっと活気に満ち、創造的で思いやりがあり、その絆を深めることができるんだと信じています。そうブリアンさんは、締めくくってくれました。
仕事を作り出す。家族をささえる。自分を労わる。そんな、日常をささえるあたたかさ。あなたなら、どのような形でその小さな思いやりを表しますか。
次回のゲストは、バリスタの登竜門ともいえるコーヒー審査会にフォーカス!コーヒーの町で有名なポートランド。実はその世界審査会のHQがあることは、あまり知られていません。コーヒー豆品評、バリスタ世界チャンピオン大会、小さなカフェの将来の姿など。コーヒー関連の方のみならず、文化やビジネス全般必読の内容! 7月13日掲載です!
「本、コト、ときおりコンフォートフード」
ブリアン|she/her|Tender Loving Empire代表
生きる楽しみ、退屈のない人生
私のオリジナルの人生感。それは、楽観主義者やオープンマインドの人と意識して共に時間を過ごすことです。その方が、人生はより楽しい方向に進んでいくと信じています。あまりお金を掛けなくても、クリエイティブに心豊かになるような時間を過ごすように。コロナ後という新しい季節を迎えるにあたって、より平和でより楽しい日々になるようにと、日々こころを整えて過ごしています。
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