西海岸に位置する、中規模都市のポートランド。80年代から徐々に注目を集め、今では『ポートランドスタイル』という文化・カルチャーを確立して、世界に広がっています。
そんな、独特のスタイルを日本のメディアや観光客に紹介した先駆者の一人、ジェフさん。日本人の血が流れているのでは、そんな気分になってしまうほどの日本通。標準語と関西のアクセントをうまく使い分け、読み書きも完璧。でも生粋のポートランダー。
生まれ育ったこの町、そして現在の環境。変わったところ、変わらないところ。すべてを受け入れてくれるような温かさを持ち合わせている、渋い(おもろい)おじさま。
知的好奇心に満ち溢れたその目から見た、今の日本とは。そして、これからの旅行業界、サービス産業への道筋とは。ニューノーマルの時代に突入している現在。ポートランドスタイルを日本に広めていったリーダーのひとりから、そのヒントを探ります。
| 旅をして、人に会う。望んでいた自由を手に入れる
以前から、自分が楽しいと感じる仕事や遊びに携わりたいという思いから、旅を続けてきたジェフさん。「その道のりの多くは、ふとしたきっかけから始まる、受動的なものだった。それを積極的に生かして、自然に繰り返してきた。そんな結果が、今の自分を作り上げたと思っているんだよね。」
実は、著者山本とは20年以上の付き合いということから、最初からフランクに、でも誠実に話し始めます。
そんなジェフさんと日本との出会いは、1970年代初頭。在籍する高校に、外国語の選択肢として日本語があったことから始まります。もちろん、当時としては大変珍しかったことです。加えて、同時期に不思議な出会いから禅に興味を持つようになったこと。大学で、日本に一年間留学をした経験。のちに僧院で過ごした体験。『鼓』の学びを正式にしたこと。このように、次々と導かれるように日本文化に身を置いていきます。
その後、大学を終え、まずは広告代理店に就職。転職をしながら最終的には、アジア・日本の最大のアメリカ報道局の支局長を経験しながら、日本での生活は合計13年にも及びました。
そんな経験と共に、郷里のポートランドに戻り、ポートランド観光協会(Travel Portland、以下 TPと略す)で働き始めます。この観光協会、通常の観光政府局とは大きな違いがあった。そんな部分に惹かれたと言います。
「ポートランド市の非営利団体、という立場で運営をしている協会でね。米国でもとても珍しい組織体制。こういう形態にすることで、より一層、広範囲で観光業界に貢献がしやすい利点があるんだ。」
TPのミッションステートメントには、こうあります。『ポートランドの個性と価値を生かし、町を訪れる人々がリアルな経験に結びつけられるような、大胆で革新的かつ協力的な方法で訪問者を楽しませること!』
ですからTPには、他の都市の観光政府局にはない部署もあると言います。例えば、国内・国際観光、コンベンション・イベント営業・サービス、マーケティング、コミュニケーションPRなど。因みに、オレゴン州の消費税は0%。米国でも珍しい州です。このような理由もあって、ホテルの宿泊にかかる宿泊税は、市の貴重な財源収入となっています。
もともと旅好きであったとはいえ、バブル期のテレビ局支社長から畑違いへの転職。その理由を聞くと、こう明るく答えるジェフさん。
「なんといっても、生まれ育ったポートランドへの郷土愛。そして、毎日ワクワクしながら過ごしていた日本への愛着の両方ですね。そして何より、業務内容が幅広く、創造性を大切にするという点。身体は日本から離れたけれども、ポートランドを日本に紹介すること。これだ!って感じたんです。」
そこから、2020年まで21年間の激務。その期間、柔軟性と想像力を駆使して、クリエイティブなアイディアを次から次へと繰り広げていきます。
| ポートランドスタイル = ありのままを受け入れてくれる町
実に多くの日本の観光客やメディアに、『ポートランドスタイル』を紹介し続けてきた年月。ところで、この独特の町のスタイルは、 いつ頃から始まったのでしょうか。 そのスタイルの特徴を聞くと、ちょっと考えながら、こう切り出してくれました。
「人それぞれが思い描くポートランドスタイル、というのはあるよね。そして、発行されている多くの書籍の影響から、日本人が思い描いている『ヘッポコでカッコいい、ポートランドスタイル』があるのも確か。
同時に、僕が考えるポートランドスタイル。それは、大きく分けて3つあるんだ。
まずは何て言っても、『各個人が自分に見合ったファッション・生活スタイルを自由に持つ』こと。外見的なファッションとしてあげると、キリがないんだけど。ニットのビーニー帽、ヒゲ、ジーンズ、キャップ、オーバーオール、サスペンダー、チェックのネルシャツ、フープスカート、蛍光色のニーハイストッキングなど。そして、性別にこだわらない自由なファッション、だれが何を着てもいいんだ。そして、足元はスニーカー。ハイファッションとは、真逆な装いともいえるよね。
この町では何でもありなんだ。それは、1960年代からずっと変わらない。ちょっとだらしがないと思われるようなことも、時にはOK。だって、ダウンタウンにいるビジネスマンだって、ネクタイは無し。スポーツアウターをシャツの上に、さっと羽織るだけだよ。
そして、2つ目は、『自分自身に正直になること、そして自分を正直に見せていく』こと。そういう人のことを、ポートランドの人たちは尊重(リスペクト)しているんだ。
『ありのままの自分を受け入れてくれる町』。だから、自分の基準や思考と違う人とでも、実際に交流して仲良くなるチャンスが他の大都市よりも多い。そんな文化や土地柄があるからこそ、海外からの見知らぬ人を温かく受け入れてくれる。そういう心の広さがあるんだと思う。
そして3つ目は、『意図的に造り上げられたものは苦手』ということ。
自然との共存生活。人々は、そういうライフスタイルを好んでいる。エコロジー意識、地産地消、オーガニック、自転車文化、アート、音楽、クリエイティブな文化。基本は、自分が自由に選択できるオルタナティブなライフスタイル。ポートランドの町と住人は、嘘っぽいモノ・コト・人が苦手だからね。
とはいえ、ポートランドは理想郷でもない。実際オレゴン州には、憲法に定められていた人種差別政策が近年までもあった。ジェントリフィケーション、地域の無理な再開発。今でも、あからさまな人種的差別という事実もあるのが現実だしね。」
こういう町の現実と事実があるということを基本に、クライエントには正直に長年説明をしてきたと言います。町の歴史的背景の欠点、そして現在の町の状況。ブームだった時の上澄みだけを伝えるっていうのは、あまりにも誠意がなさすぎると話します。
コロナ禍で、刻一刻と変化を遂げるこの町。では、人々は具体的になにを求めてポートランドを訪れるのでしょうか。
| 今、そしてこれからのポートランドの町、そして観光・サービス業へのヒント
ポートランドを訪れる日本人は、生活するように町を歩き行動することで、自分を見つめ直す人が多いといいます。
持続可能な生活、地に足が付いたライフスタイル、エコ。それを体感すべく、町中にある緑豊かな自然に身を置いて過ごす。町を歩けば、つたない英語にもきちんと耳を傾けてくれる、そんな心根の良い現地の人たちに出会う。交流が始まる。
そんな理由から、米国の都市としてのリピート率と一人旅の人の率はトップレベルです。
「この町を訪れる人が望む経験。それは、ただの旅行ではなく、まるで生活をしているかのような心地よい体験。それに、ポートランドの人は大の親日家。そんな好感度から、日本人観光客をゲスト扱いではなく、家族のように付き合っていきたい。そう思っている人が多いのは、なによりもうれしい!」
過去20年間、革新的なアイディアでここまで成長させてきた経験。そこから見える、今のコロナに喘ぐ日本の観光、サービス業に何かヒントとは。そこを聞かせて欲しいと問いかけると、ひと呼吸おいて低い口調で語り始めます。
「島国日本だけの内方向からの視点だけではなく、常に外にも目を向けること。今世界に、どんな流れがあるのか。何が求められているのか。様々な違う種類の情報を駆使して、積極的にアップデートしていくことが大切です。特にこの時期、人々のニーズは早いスピードで変わりますから。
それに、今後の日本は今まで以上に、経済的、文化的にも海外の国々と切っても切り離せない。そんな関係値になってくことは、間違いありません。市場の動向や人々の思考も、よりグローバルな意識を反映したものに変化し続けていくでしょう。
人々は、今まで以上に、リアルで活気のある、小規模な、自分らしくいられる場所に身を置きたい。そこを強く望むのではないでしょうか。それに加えて、人口的に造り上げられた見せかけのものでは無い居場所であること。そこもポイントです。
これから人々がより一層求める場所・プレイス。それは、その人が、そこで何かしらの新しい発見ができること。その人の好奇心が刺激される場所なはずです。
日本のホテル業界、旅行会社だけではなく、サービス産業全般に言えること。それは、一つ一つの積極的な取り組みが、『独自の』『人生の新しい影響になるような』『心が満たされる経験・体験』『前向きな刺激』、そしてなによりも『嘘のない』誠実という要素が不可欠。そう感じます。」
| 歳をとることは、一種の成長。毎日は不思議、そしておもしろい
ジェフさんのお話を聞いているうちに、著者は、2017年に米国で発行されロングセラーとなっている『IKIGAI』という書籍を思い出しました。因みに『生きがい』は、一言で説明しきれない意味合いを持つ日本独特の表現と価値観です。
コロナ禍とニューノーマルの時代。人々が仕事、キャリア、そして人生を見直すことを余儀なくされている時。社会から切り離されている層も増え続けています。それは米国でも同じこと。
このような背景で、『生きる理由や人生の目的を探す』『より充実した人生を送りたい』。何を人生の糧、羅針盤としていくのか、意識し始めている人も増えています。
クリエイティブにチャレンジし続けていけば前進して行ける。こうした行動を試みることが、ジェフさんの羅針盤になってきました。そんな経験を積みながらも、コロナ禍の影響から2020年にTPトラベルポートランドを解雇されたこと。このことに、失望していないと言えば嘘になると静かに語ります。
「今現在は、フリーランス。時に応じて、ライブセミナーを行ったり。この前も、自転車・サイクリング文化について話したばかりなんです。
以前とは、働く形態は変わりました。でもどんな形であっても、日本と関わり続けることは私自身の喜び。そして、自分の幸福度が高まるコトなんです。同時に、地域やまちのために役に立っている自分でいられる。これは、私の『生きがい』そのものです。」
この幸福度を保つためにも、もっと学び、理解し、成長し続けたい。その根源にあるのは『楽しい』という感情。そうきっぱりと話すジェフさんは、とても凛々しく映ります。
「家族、子供、そしてこの故郷ポートランドが、自分にとっての一番のプレイスです。でも、別の次元での私の生きがいは、日本との交流。そこから生まれる喜び。これは永遠に続くものです。」
コロナが少しずつ落ち着きだし、また、以前とは違う顔を生み出しているポートランドのまち。とはいえ、コロナ禍での孤立、未知なるものへの恐怖、共感やつながりの欠如は相変わらずです。ですから、そのような状態を治療する一つの方法が、『トラベルセラピー 』である可能性もあると教えてくれました。
こんな時代をスムーズに進むためにも、日常から踏み出す楽しさを忘れてほしくない。面白いを探す身近な小さな旅が、新たな力と生きる糧を与えてくれる。
今まで出会った、そしてまだ出会っていない日本の多くの人。一人でも多くの人が、オレゴンを訪れてくれることを願っている。満面の笑顔で、そう締めくくってくれました。
ふとした偶然から発生するコトに、意識を向けてみる。頑なにならないで、そのきっかけに自然に身を任せる。きっかけをパッとつかんだことで、新たなコトが目に見えない形で始まる。それが徐々に、自分でも驚くような一面に繋がっていく。
そんなことが起こりそうな、できそうな春の季節。
あなたができる範囲内で、ありのままでいられる居場所を探す小さな旅。そんな、ちょっとしたワクワク感に意識を向け始めてみるのはどうでしょうか。
今日からの一ヶ月間、すこし違う自分に出会うために、あなたはどんな場所に足を運び、どんなモノやコトに目を向けたいですか。
(DMで、教えてくださいね。)
次回のテーマは、『食の分野のポートランドモデル』。ポートランドの地産地消の第一人者の働きにフォーカスします。世界のグルメ通がこぞって訪れたレストラン。コロナや暴動の爪痕で開店休業に追い込まれた危機、そこからの脱却。今の日本の飲食店と同様の苦悩と復活とは。サービス産業全般に向けた、多くのヒントを深堀りします。 5月13日掲載です!
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