『利他(りた)的』に、共感して生きる? ポートランド的、新しい時代へのヒント

ニューズウィーク日本版掲載 2021年11月12日

Cassie Davis
『企業と従業員、企業と顧客をつなぐ絆』と言うべき業務、エンゲージメント・コンサルタントとして活躍するケイシーさん。現在もまだ、コロナ禍で直接人と話せない時が多い。その分、新しい時代に見合ったエンゲージメント・アプローチを次々と考え取り組んでいる最中だと話す。 Photo | Cassie Davis Consulting

|日々の暮らしが変わって行くなか、どう他者と関わるのか


3回目のコロナワクチン接種が、エッセンシャル・ワーカーの間で開始されて約1ヶ月が経過。そんな紅葉の深い、小雨交じりの季節に突入したポートランドの町。


患者数は減少しているとはいえ、毎日の生活がコロナ前に戻ったわけではなく。気持ち的には、すこし宙ぶらりんな状態が続いています。時代の潮目となったこの2年間、直接的な人間関係が激減している日々が続いているのは、日本とそう大きな違いはありません。


そんな中、相互に支え合う「互助」がより一層広まっている様子です。制度化された助け合いの共助、とは少し違う互助。近隣で日常的にお互い助け合う、声を掛け合う。そんな、費用負担が発生しない自発的な助け合い。


そんな最近の互助を、ポートランドで感じていた矢先。日本に住んでいる複数のミリニアム世代の友人との会話で、似たような意味合いをもつ言葉を耳にすることが増えました。それが、『利他(りた)*』。


〚*利他や利他主義という言葉は、『利己の対概念』としてフランスの社会学者によって造られた造語です。日本に導入された際に、他人を思いやり、自己の善行による徳によって他者を救済するという意味を持つ仏教用語『利他』が当てられたといいます。〛


本来の意味は、自己の利益よりも、他者の利益を優先するという深い考え方です。こんな元来の意味を聞くと「私には到底できない」と身構えてしまいそう。


とは言え今は、本来の意味から大分離れて、もっとカジュアルに曖昧な使われ方に変化。自己犠牲という部分がすこし取り去られて、『共感』という意味合いで使われているようです。


この様な説明をしても、まだ何だか難しそうな利他。少し乱暴かもしれませんが、単純に他の人々の暮らしや心を上向きにするため、という感じ。さらに広げて言うならば、自分が持っているもので出来る限りの良いことを行なう。でも、押し付ける事とは違う。そんな感じでしょうか。


そしてこの言葉に触れる機会が増えた時、ふと一人の女性の顔が浮かびました。利他的な働きをコンセプトにしている、ケイシーさん。知的センスにあふれつつ、やさしい風にそよぐラベンダーのような方です。


彼女は現在、『企業と従業員、企業と顧客をつなぐ絆』と言うべき業務、エンゲージメント・コンサルタントとして活躍をしています。


実の所、長期巨大プロジェクト* の在ポートランド日本人代表と選出された私が、彼女と出会ったのは約3年前。ポートランドのダウンタウンに掛かるバーンサイド橋の耐震強化プロジェクトでした。


密に一緒に仕事をしていて感じたこと。それは、彼女の知性と会話力、そして包容力のバランスが絶妙なところです。


そんなケイシーさんからのヒントを基に、暮らしの中の利他、そしてビジネス分野での共感エンゲージメント。今の時代に必要な他者への心持ちをキーワードにして、探っていきます。


〚*町の真ん中を流れるウイラメット川。その上に掛かるバーンサイド橋。巨大なシンボルとしても有名な『ポートランド・オレゴン』の巨大サインがある事でも有名です。この橋は建築から100年近く経過していることもあり、2018年からポートランド初となる地震強化建て替え案が大掛かりに進められています。オレゴン州民が生きている間にマグニチュード8以上の地震が発生する確率は、3分の1以上。この建て替え案を英語以外のマイノリティー10言語に翻訳し説明。人種を問わず、市民の声を拾い上げながら一丸となってデザインを選び、官民公私が一体となって作り上げていく。そんな巨大案件とその工事が、2030年まで続きます。〛

Portland Oregon Sign
Photo | ©2021PDX COORDINATOR,LLC

|顧客満足度時代に必要な共感『エンゲージメント・コンサルタント』とは?


カリフォルニア出身のケイシーさん。大学で国際ビジネス経営を学んだ後、世界中のリーダーを集めて地球規模の大きな問題を議論するシンクタンク組織で働き始めます。その後、ポートランドにある建築エンジニアリング会社に転職。プロジェクトマネージャーとして、そのキャリアを積んでいきました。


「業種としては、若干ドライともいえるエンジニア会社にありがちな気風。そこで働くうちに、自分の興味の矛先と長所は、人と人を繋ぐコミュニケーションだと感じたのです。


特に、住民や市民の関心事や声を拾い上げる役割を担い、プロジェクトの重要な決定に反映させる。それが、『ステークホルダー・エンゲージメント*』。その分野に深い興味があるということに気付き、そこから学びを深めていきました。」


〚*ステークホルダーとは、日本語では『利害関係者』にあたります。具体的には、消費者、従業員、株主・債権者、仕入・得意先、地域社会、行政機関など。そして、企業が成長するには、ステークホルダーの期待や関心を把握し対応することが重要となります。それを把握する方法戦略が「ステークホルダー・エンゲージメント」です。〛


ビジネスの分野に共感を取り入れた手法。それが、エンゲージメント・コンサルタントという仕事。現在ではアメリカ、特にSDGs分野に力を入れている多くの企業が取り入れています。


ともすれば、効率だけでドライに物事を進めてしまいがちなプロジェクト。そこに、市民や公共機関の声を聞き拾い上げていく。当然の様に、拾い上げるだけで終わりにするのではなく、実際のプロジェクトにしっかりと反映していくことを良しとする方法です。


人に焦点を当てて、コミュニケーションと良好な人間関係を構築していく。そんな『共感の橋渡し』役として、プロジェクトを人間の血の通ったものとしてきたケイシーさん。


その多くの経験を基に、今年2021年6月に自分のコンサルティング会社を立ち上げたと微笑みます。


「自分の会社で心掛けていること。それは、全てにおいて『人ありき』という部分です。


人間は複雑な生き物。ですから、効果的なコミュニケーションというのは、とても難しい。だって、それぞれが生まれ育った環境、文化や思考は、基本みんな違うのが当たり前なんですから。あなたにとって良きものが、他の人にとって良い事とは限らない。それが現実ですよね。


そこを前提として、誰かが何か新しいものを地域や場につくり上げる時、重要となるポイント。それは、人々が暮らすその地域コミュニティを考慮して、多くの人にとって公平な良きものを生み出し与えるという点です。


そうすれば、それがつくり上げられた後、地域の人々はそれを誇りに思い、支持し、自分たちに良いものを提供してくれたと感じられます。心と暮らしそのものが、豊かになるということを共感しやすくなるのです。」


生産的で意味のある会話をする方法を見つけ出し、その会話から得られる情報の数々に耳を傾け、拾い上げる。そして、それをどのように広げると、ポジティブな変化に繋げることができるのか。そこを考えるのが大好き。そう語るケイシーさん。


では、具体的な利他の行動。そして、町にあふれる多くのネガティブな発言や偏見に対して、どうすれば良いのでしょうか。ケイシー流のヒントとは、どのようなものでしょうか?


Cassie is standing at the construction site
プロジェクトの場所に、何度も足を運んで周辺の人々と語らう。すると、その地域や土地の文化と環境以外の部分で、人々の心の声が次々と流し出されてくる。それを聞き拾い上げるのは、重要な仕事でもあり楽しいひと時という。 Photo | Cassie Davis Consulting


Cassie stands with a bouquet and coffee
出来る限り、地元のショップで買い物をする。そこで、一言二言ポジティブな言葉を交わす事で、お互いに小さな幸せを共感できる。そんな小さな積み重ねも、ほのぼのとした気持ちで一日を過ごすためのヒント。Photo | Cassie Davis Consulting

|押し付けない、でも要するに...やさしい気持ち


私たちの心には『自分だけがよければ良い』と考える利己の心と、『自分をすこし犠牲にしても他の人を助けよう』とする利他の心があると言います。


今、自分の生活と思考をシフトしていくために、まずは自分ことを考えて判断していくことは必然です。同時に、周りの人のことを考え思いやりに満ちた利他の心に立って、ものごとを判断していく。そんな時代に入っているという気がします。


ポートランドという、少し先進的なマインドを持った人が多く暮らすこの町。アメリカの他の都市に比べると、日本の文化に寄りそう部分は多くあります。とはいえ、基本的な奉仕、共助、文化の感覚に違いがあるのは当然のことです。


そんなこの町で、今を生きるケイシーさん。彼女にとって、利他や共感という概念や行動はどう映っているのでしょうか。


「コミュニティを再構築するためには、よりポジティブな言葉、建設的な対話による共感が基本となります。


特にこの数年は、ネガティブな偏見や人を傷つけるような言葉を無意識に吐き出す。そんな行為を多く目にしてきました。私たちは、近隣、友人・知人、そして町ですれ違うだけの人に対して、お互いに優しさと敬意を持って語り合うこと。その大切さと影響力を、もっと知るべきだと感じています。


そのためにも、まずは言葉を選ぶこと。人の言葉に耳を傾けること(無理に聞き入れる事とは違います。)そして、すこしでも協力し合うこと。これらの部分をほんの少し意識して行うことで、健全で生産的な地域・コミュニティを築く方向に進みやすくなるのです。


その時、心に留めておいて欲しい事柄があります。それは基本、人は皆違うという事実です。他の人と心から意見が一致するなんて、ほぼあり得ないでしょう。違う意見だという心持ちで、少し俯瞰してものごとを見てください。そして、その違う意見に耳を傾け意見を認め合う努力をしてください。


もう一つ、気を付けて欲しい点。それは、その人やコトの為を思って!という一方的な強い思いからの無理強いです。愛を持たない押しつけは、結果的に双方の為にならないのは明らかですから。


少しずつ、じっくりと試していってください。急に自分の考える回路を無理やり変えてしまうと、今度は自分の心の中に歪みが発生しがちですので。」


Cassie Davis
Photo | Cassie Davis Consulting

そうやさしく語るケイシーさんは、日本人と仕事をすることも多いと言います。日本の状況と日本人に対してのコメントを聞いたところ、こんな答えが返ってきました。


「あまり曖昧な表現ばかりを使わずに。出来るだけ明確な、でも相手を思う言葉と形のコミュニケーションを意識してほしいです。こんな時代だからこそ必要な、前向きな考えと柔軟さ。そして、新しい時代に生きていく上で必要となる、多分野の学び。そしてなによりも、感謝の気持ちと思いやりを忘れずにいてくださいね。」


Cassie style tips for creating a margin of mind
| ©2021PDX COORDINATOR,LLC


最後に、ケイシーさんはこう共有してくれました。


「この新しい時代、特にコロナ禍で私が感じたことがあるんです。それは、『悲しみもまた美しく、それは自分のこころにとって良いことが多い』ということ。


一般的に、悲しみや苦難はマイナスの評価のみが先行してしまいがちです。


でも、悲しみは山のようなもので、険しく困難で力と忍耐を必要とします。そして、よろこびは山頂のようだと。輝かしく美しく、勝利をもたらすもの。だれでも、山に登らなければ頂上には到達できません。


悲しみもよろこびも、実は同じものだと感じています。ですから、悲しみも愛おしく抱きかかえて生きていきたい。それは喜びに繋がるものだから。」そう静かに語るその目は、なんとも言いがたく美しいものでした。


ストレスは、人を介してバトンを受け継ぐように、マイナスの感情と行動が安易にリレーされていきます。その反面、利他や共感は、連鎖していくのに時間が掛かると言われます。だからこそ、意識をしていくことが必要な時代なのでしょう。


相手の心に寄りそう。そして、共感する。心にほんの少しの余裕ができれば、考えやすくなるのかもしれませんね。その余白をつくるために、あなたはどのように今日一日を過ごしていきますか。


今年最後となる次回のテーマは、『これからのビジネスとその形』。ポートランドビジネス協会の多様性部のトップに聞く、新しい形態のビジネスの姿とは? そして、新しい時代の働き方とは? 12月10日掲載です!

Cassie is watching the sunset on the plain
Photo | Cassie Davis Consulting

「本、コト、ときおりコンフォートフード」


ケイシー|she/her|ケイシー・デイビス コンサルティング 代表


やさしさの伝言リレー


歯を磨いているとき、洗濯物をたたんでいるとき...誰かのことを思い浮かべ、その人のことをどれだけ大切に思っているか。自分にとって、どれだけ特別な存在であるか。そんな思いが、ふと心に宿るときがあります。そんな時、していることを一旦止めて欲しいのです。そしてその瞬間に、その人に一言伝えてみてください。


メール、電話。ツールはなんでもいいんです。幸せの共感を互いに共有する。小さな喜びは、行動することで他の人に広がっていくもの。私はそう思います。


記:各回にご登場いただいた方や、記載団体に関するお問い合わせは、直接山本迄ご連絡頂ければ幸いです。本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。