| 地域社会に根をはる、日系移民
ポートランドで、建築工業デザイン会社を運営しているハーバート氏。彼の一日は、朝の光がまだ届かぬ早朝5時の国際電話会議に始まります。
でも、働きづめという訳ではないようです。仕事のすきま時間ができたらすぐ、大好きなバスケットボールをするためにジムに出かけます。そしてその場にいる人に声をかけ、共に汗を流すのがストレス発散法。「プレイする相手は、20代から40代まで。人種? まぜこぜ、それが面白いところ。」とちょっとシャイに笑います。
そんなハーバート氏は、サンフランシスコ生まれの日系アメリカ人。米国公立で一番のカリフォルニア・バークレー校大学院まで工学一筋。ロケット振動工学とコンピューターサイエンスを学びます。卒業後は、初期の(株)リクルートから声が掛かり、日本初のインターネット制作開発に携わりました。
その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてのMBAを基に、GMからヘッドハンティングをされます。80年代の当時、初の国家プロジェクトともいえるトヨタとGM日本合弁会社のため、東京での駐在生活を開始。在10年の間に、トヨタ式カイゼン方式、カンバン方式を米国企業に紹介。多くのプロジェクトを成功に導いていきます。
任務終了後、2002年にポートランドにて起業。現在では、BIM-CONNECTIONなど4社を運営しながら、エンジェル投資家として丁寧に枠を広げている最中です。
そしてその働きは、本業だけには留まらず。市と州、連邦政府と言った多数の組織に提案をしていくボランティア職をこなすタフぶりです。マイノリティー起業家協会(OAME)* の副(次期)会長、ポートランド市長や州知事室アドバイザー委員。毎日行われる複数の行政会議で、地域の改善システムを経営者の視点から具体的に提案、牽引をしています。
ここまで読むと、さぞ恵まれた環境の生い立ちと思いきや、そうでもない様です。
英語もままならない移民一世の両親の働き先は、サンフランシスコの町中にある過酷な条件しかありませんでした。そんな移民の子が、アメリカである程度成功するには勉強しかなかったということ。
(まるで、今年公開されたアカデミー賞ノミネートの「ミナリ」のような苦しいストーリー。)
そんな環境で育ったせいか、現在の生活は質実剛健そのもの。ダウンタウンからほど近く、緑に囲まれた小さな中古の家に長年住んでいます。
そんな住まいのあるポートランドで、やっと10年程前から始まった多様性のムーブメント*。今再び、地元地域に必要とされることは何か。それを考えながらの暮らし。
そんなハーバートさんに、今、そしてこれからの企業に必要なものごと、そして発想の転換などをお聞きしました。
| ストリートバスケット流 『中身を見極める』思考
多様性とは何か。それを考えるきっかけになったのは、サンフランシスコ市が行った学区越境が行われた時だと話し始めます。
「1970年代前半、サンフランシスコ市公立学校全体で、突如として多様性を取り入れるシステムが構築されました。
その新しい取り組みとは、住居地域によって固まっている人種を人工的にシャッフルさせて、越境通学をさせる。これによって、意図的に多様性を生み出していくという案です。
アメリカの公立学校は日本の小中学校と同じく、地域学区に通学するのが通例です。当時小学校低学年だった私が住んでいたのは、アジア人と白人の地区。比較的教育熱心な家庭が多く、落ち着いた住宅地域でした。
システム導入後の新学期、指定された学校にスクールバスから降りてびっくり! なんとそれは、黒人系とヒスパニック系地区の小学校。
最初は怖くて、彼らとは話しすら出来なかった。というより、表現方法が違って聞き取れなかったというのが正直なところ。だって、それまで私は、黒人系の人と話したことは一度もなかったのですから。」
当時の案とやり方については、今でも意見が分かれています。しかし、ハーバートさんのケースで言えば、スポーツ好きが功を奏して、あっさりと人種の壁を越えていった成功例。数か月後には、多種多様な人種とのストリートバスケ漬けの生活が始まっていました。
「バスケと共に、黒人系の友人に教わったのがファンク、ソウルミュージック!ラジカセでとどろかせながら、ストリートバスケをするんです。その時、『人種』なんて言う枠で人を判断しません。どの様なプレイをするのか、それで『人となり』が分かるのです。
これは、自分の人格形成に多大なる影響を与えました。人は色で識別されるのではなく、中身で見極めをつけるということを自然に学んでいったのです。」
スポーツを通して、多様性と人間関係、そしてモノ・ことの動かし方の『基礎的条件=ファンダメンタル』を学んだと話します。
起業をしてから、早20年のハーバートさん。その価値観とその社会観は、その時からゆっくりと成熟し始めます。
| カイゼン式『問題解決』思考
急激な価値観の変化が、私たちの生活と職場環境で問われています。それに加えて、IoT、IT、AIという『新たな産業革命』分野でも、目まぐるしい変化が続いています。
特に、技術進歩の大きい建築工業デザイン業界に身を置くハーバートさん。学びを途絶えさせないためにも、世界最大級の「AIカンファレンス・見本市」に年に数回足を運びます。そこから世界の最先端技術とそのヒントを学び、導入し続けているということ。
そこで、実にもったいないと思う事があると話してくれました。
「今は、コロナで停止中。けれど渦前には、実に多くの日本人が海外見本市ツアーに足を運んでいました。しかし観光ツアーのように、ぐるっと回遊してお土産のパンフレットやグッズをもらって満足している様子です。先端技術を学ぶことが目的なのに、来ること自体で満足をしている。実に残念な限りです。」
では、どうすればより良い学びの場となるのでしょうか。
「同異業者ブースを徹底的に廻って、直接話をする。そこで、知りたい情報、技術内容を質問することは、基本中の基本です。これは、海外を相手にした会議でも同じことです。
英語で会話ができない? 質問ができない? では、それを解決するためにはどうすれば良いのか考えてみてください。オプションとして、通訳を用意してもらうとか。英語ができる社員・同僚を同行させるとか。
そんなリクエストは、上司が聞き入れてくれない? 直接提案をしてみましたか。一回であきらめてはいませんか。
日本の社会で、空気を読むことは必須です。しかし読みすぎると、あなたのこころとマインド、そして将来までも狭めてしまいます。
物事を自分の枠のみで考え、解決策を見いだせない状態に陥らないで欲しいのです。
そこを脱皮しなければ、次の段階にあるシステム作りまで到達できない。又は作ったとしても、砂の城になってしまいます。
『どうすれば、その問題を解決できるのか』を考える力、そしてそれを実現する方向に持っていく力。そこが今、最も必要とされるのではないでしょうか。」
現在のコロナ禍中のアメリカ。実はトヨタ発祥の『カイゼン』システムが、その形を進化させて、再度注目され始めているというのです。そしてそれは、生産業務以外の分野にも広がりを見せつつあります。
「カイゼンの大きな特徴は、現場の人間が問題改善を図るためにさまざまな知恵を出し合い、解決策を一緒に考える点です。そこには、将来的な改善も含めます。まさしく、中小企業*にピッタリの方法なのではないでしょうか。
コロナ禍だからこそ、新たなカイゼンが必要な今。そのシステムを学び、取り入れられることからやってみる。それは、決して損にはならないはずです。」
〚*日本での中小企業は、業種によって若干違いますが300名以下。米国では500名以下を指します。〛
では、『イノベーション思考』の本当の目的とは何なのでしょうか。
|顧客ニーズを生み出す『イノベーション』思考
長年、実践的に先端技術を試し取り入れて続ける。その目的は、顧客の『新しいニーズを作り出すため』だと明言するハーバートさん。
「予算を決めて、少しずつでも先端技術を試して導入する必要性があります。しかしながら、大なり小なり設備投資にはお金がかかります。でも今の時代、最新技術について行かなければ、ガラパゴス化が進むばかり。日本の『失われた〇年』の時代を振り返ってみて下さい。研究・設備開発投資が出来なかったあの時代に、世界と確たる差を付けられてしまった。さらに今、その差は増々広がる一方なのが残念でなりません。
私の会社でも、大小様々な設備投資をしてきました。ドローン、拡張現実3Dゴーグル、AI等々。それらを活用して、設計プロセスの効率化と最新化を図り続けています。」
それはなぜか。全て、顧客の新しいニーズを作り出すという将来の投資のためだと言います。
そのうちの一つが、今、iPhone12搭載により注目されているライダー(LiDAR)です。これもすでに、15年前から建築デザイン機器として使用を開始。さらに、信頼のおける企業が必要とあれば、無料で貸し出しているというのですから驚きです。
「中小企業の場合、急激な技術投資は経営を圧迫することに繋がります。
もし、あなたの会社が資金に乏しい場合には、同異業者ですでに新しいプラットフォームを作り上げた企業を探してみてください。協力し合えるパートナー企業を徹底的にリサーチして、誠意と共に協働することをお勧めします。その際には、必ずウイン・ウインの関係になることが大原則です。
加えて、そこから新しいサービスを生み出すという将来的な展望も持って、協働作業をすることも大切なポイントです。
今の時代、ソフト、ハードいずれの投資無くしてビジネスの成長と発展は無いのに等しい。ですから、無ければ作り出す。これも、中小企業に必要なスキルの一つです。」
| 『共に』がキーワード、『社員教育と成長』思考
特に、今現在の企業にとって日米問わず重要課題といわれること。それは、企業内の健全さと社員教育だと語ります。
「コロナ前や渦中に関わらず、一流企業レベルの人を中小企業に数多く集めるのは、現実的に難しい。それに、マッチングが合わなければ去っていきます。ですから、その企業のレベルに見合う人を雇用する。そしてそこから、各ケースに合った方法を使って会社が教育を施し、成長をさせ続けていくことが重要なのです。
会社のトップと一緒になって学習し成長していく。特に、これは中小企業の発展に不可欠なポイントのひとつです。
もし、それぞれのニーズが社内で解決できないと判断した場合には、外部の媒体を使って早い段階で対策を施してください。
例えば、心身の不調があれば、早期に心理カウンセリングを受けさせる。新しいプロジェクトのために必要なら、学習セミナーに行かせる。英語やビジネス基礎に問題がある場合には、レッスンを受けさせる。パワハラ、セクハラ、マタハラなど論外です。
プライベートな部分に関して言えば、もし社員の家族が病気に掛かかり金銭的サポートが必要あれば、特別支援金を給付する。夫婦関係で悩み仕事のパフォーマンスが下がっている場合には、カウンセラーを紹介する。
大企業では当たりまえの行為でも、中小で取り入れている企業は若干その数が減ります。もちろん、それに関しての費用は発生します。しかし、再度新しい人を雇用して一から教育をし直す時間と労力を計上してみてください。どちらが益に働くかは、明らかですよね。それにも増して、健全な企業ロイヤリティが生み出されるのもウイン・ウインです!
なにより一番悲しいのは、ギリギリまで放置しての自己退職です。企業側、社員双方苦い思いしか残りません。」
最後に、ビジネス思考を使って『地域の問題解決』に応用する方法とは?
| 持続可能な『地域への活用』思考
ビジネスで構築された思考を持つハーバートさん。そのスキルを使って、今のポートランドの地域や社会問題を解決する支援も行っています。
40才までは、がむしゃらに自分のビジネスのために知恵と経験、イノベーション思考を構築してきました。しかし、50代に入った頃から、これを地域社会のために使わなければと考え始めたのです。
「この地域をより一層良くするため。同時に多様性と公平性を向上させるために、地元の業界団体、州と市の委員会に多くの時間を投資しています。
実はその際に、先ずこう宣言をするのです。参加者の貴重な時間が効率よく使われ、解決方法を見いだすために努めている。そんな本気の委員会のみに、私は参加をしたいと。
偉そうに聞こえるかもしれませんが、話し合っているだけで自己満足をしてる会議は、時間と労力、そしてお金の無駄だとしか思えないからです。
行政の機構改革の会議に、私のようなビジネスマインドを持った人間が入り、率先して効率的にカイゼンを行っていく策を提案していく。特に、コロナ前のやり方が通じなくなっている場所や部分では、改革的な思考が必要になっています。
もしあなたの地域でシステムが無ければ、あなたがそれを作り出して提案してみてはどうでしょうか。これからの新しい時代と次の世代のための地域作りには、あなたの経験と知恵を生かさない手は無いと思います。
プランをしっかりと練ったら、先ずは『ダメ元で働きかけてみる』。どう転がるかなんて、誰にもわからないのですから。イノベーター・マインドです。」
自分のスキルと時間を公的機関に捧げる。同時に、中小企業を運営し続け、収益を上げ続けるのは至難の業です。でもその中で、多くの発見、学び、よろこびがあると締めくくってくれました。
自然に親しみ汗をかきながらの暮らしの中で、最新AIやバーチャル機器を使って仕事を続ける。アナログとデジタルという、双方の利点を融合させる生活に人間の本質を見いだしているハーバートさん。
この時代に合ったカイゼンを常に考えながら、自分自身への『新しい問い』を絶えず発信すること。これはきっと、人間だけにできることなのではないでしょうか。
あなたは、今日どんな『問い』をご自身に投げかけますか。
次回のゲストは、おしゃれな雑貨セレクトショップのTender Loving Empire代表の登場です。地域クラフトアーティストとの協働方法。今、注目を集めるレコードブランドについて。 独自のビジネスと音楽産業のサバイバル方法をお聞きします! 6月29日掲載です!
今回記事掲載を予定しておりましたブランドは、ご家庭の事情によりインタビューが急遽延期となりました。予告と違う内容になりましたことを、ここにお詫び申し上げます。
「本、コト、ときおりコンフォートフード」
ハーバート|he/him|BIM CONNECTION 他数社 | CEO、投資家
バスケコートのネット取り付け。地元の子供の笑顔を見たくて...
屋外の公共バスケコートが、町のいたる所にあります。でもほとんどが、ネットが取れてフープのみ。これじゃ、だれも遊びません。見るに見かねて、自費で購入。煙突掃除のおじさんのように脚立を持って、一つ一つ取り付けるため地域を廻っています。ネットが付けば、自然と子供が戻ってきてプレイをしている。こうして、小さな社会が生まれ作られていくのです。文句を言うだけではなく、公的機関が着目しない小さなことは、出来る人が率先して動く。そうすれば、この社会はもう少し美しいものになるんじゃないでしょうか。
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