
ポートランドやオレゴン州を表すキーワード。それが、『コーヒー』と『自転車』。
特にコーヒーに関しては、「単なる飲み物ではない。私たちの文化そのもの!」そう口々に話す声がよく聞かれます。
実際、ポートランドだけでも約80のロースター(自家焙煎)ブランドがあり。州内には、200以上の小規模の自家焙煎店やカフェが存在します。
中小企業が約80%を占めるオレゴン州とポートランド近郊都市。
コーヒー業界の中でも、この『マイクロ・ロースター(小規模の自家焙煎店)』と呼ばれるブランド・店舗が中心です。
この焙煎店の形態の多くのケースは、オーナー兼焙煎士1人。または小人数での経営体制。
当然、このご時世のもと、小さなビジネスは北風にさらされている日々。縮小や閉店を余儀なくされたところも少なくありません。
この様な状況の中、今の時代に沿った変化をしなやかに。でも、エコな経営方針はそのままに、前進し続けているマイクロ・ロースターのブランドがあります。
では、どの様にバランスを取っているのか。
それはコーヒーというモノを通して、人としての生き方、自然と人々との関係。そして、社会への貢献にまで広がるものでした。
あなたがこれを読んだ後、新たなコーヒーの旅路を想像しながら飲む一杯のコーヒー。もしかしたら、今までとは少し違った味わいに変化するかもしれません。

|スペシャルティ コーヒーの今
コーヒー豆の中でも、最近よく聞くようになった言葉。それが、『スペシャルティ コーヒー*』。その名の通り、希少価値と質の高い豆を使用したコーヒーです。最近では日本でも、高品質でユニークな味覚や香りを持つ一杯を提供するカフェが増え続けています。
もともとは、1970年代にアメリカで使われ始めた言葉。そして現在では、特別な豆・ロースト方法・コーヒーの意味と同時に、美味しいコーヒーを探求する考え方の一つとして総合的に認識されています。
「オレゴン州は、スペシャルティコーヒーのパイオニア。ビジネスにおいても、『誠実さと透明性に誇りを持つ』コーヒー企業に満たされている。」自家焙煎ブランドかつバリスタ養成校長の言葉通り、芳醇な香りで満ちている地域です。
各ブランドで、独自に生み出される味とコク。五感で感じながら飲む適量のコーヒーには、心も身体も癒す効能があるといわれます。
そんなアロマに魅了された男性が、人生を見直して始めた自家焙煎ブランド『トレイルヘッド』。その動機は、現代のみんなが抱えている胸の内を映し出すようなものでした。
|人生の転換期に、森と雨に魅せられて。小さな価値を見出すための再出発
東海岸出身のチャーリーさんは、ちょっとシャイで口数少ない性格。その姿は、まるで日本人のようなたたずまい。そのせいでしょうか、親近感を覚えます。
そんな彼が、大学で学んだのはコンピューターサイエンス。コーヒービジネスを始めるまでは、データ解析の仕事をしていたと訥々と話を始めます。
「一日の大部分をPC画面だけを見続ける自分の生活。あまりにも単調すぎる日々。自分の心は常にモヤモヤして、決して満たされることがなかったんだ。」
そんな暮らしの中、気分転換に求めたのは森に囲まれた場所。きれいな空気を思いっきり肺に入れて、脳を活性化できる自然豊かな環境だったと言います。
アウトドアの宝庫でありながら、かつ適度に雨が降って浄化が繰り返される森。そんな神秘的な雰囲気に心惹かれて、人生を一新するためにポートランドに引っ越してきました。
アウトドアで心と身体を浄化する。そして家に帰り、大好きなアロマに包まれながらコーヒーを一杯飲む。
そのうちに、ただ飲むだけではなく、自分のキッチンで手回し式のポップコーンポッパーを使って自家焙煎をするようになります。毎日数回、焙煎をし続けていく。そのプロセスから、おいしい豆を炒りあげる喜びを感じていきました。
「正直、あの時代は自分の人生の迷い道にいたんだ。だから考え続けたんだ。自分はいったい何をしたいのか。人生で何を求めて生きていきたいのか。人生の優先は何なのか。
毎日考えてわかったこと。それは、『自分の好きなものに携わる仕事』『人の暮らしに役に立つ』『小さくても価値のあるコト』をしたいということだった。」
コーヒーというのは、豆を買うというシンプルな取引を通じて、コーヒー生産者の支援に繋がる。自分が焙煎した豆から芳醇な香りのコーヒーを通じて、暮らしの中に小さな幸せを感じてもらえる。
自分が感じる小さな喜びを分かち合いたい。そんな強い思いがあふれてきた。そう照れ笑いしながら話を続けるチャーリーさん。
そこから、ブランド立ち上げを具体的に構想。前職を生かして、具体的な計画を立て始めます。
そして2009年、『トレイル(山野などの自然歩道)の起点』というマイクロ・ロースターのブランドを起業するのです。


|ローストした豆を自転車で配達。当初から変わらぬ大切な『3つのコンセプト』
『エコ目的で、自転車でコーヒーを売り走る!』という、ポートランドらしいビジネスの本家本元のトレイルヘッド。この自転車配達というコンセプトは、その後、他の焙煎店もこぞって行うぐらいに一気に市内で広がっていきます。
配達は全てサイドカーゴ付き自転車で。とはいえ、雨降りの多いポートランドで、この形態での配達を続けていくのは一苦労。
サイドカーゴは、大切な豆を守るための幌付き。さらに電動自転車も追加しながら、現在もこの配達方法を継続中です。
ではどうして、この様なコンセプトに至ったのか。その理由を聞くと、目先の経費削減だけではない深い言葉が返ってきました。
「持続可能なビジネス・生活の大切さ。それが自分のビジネスの優先項目だったからだよ。口先だけ持続可能を謳ったり、飾りでSDGsの腕章をつけていても意味がないからね。大切なのは、その業界の模範となること。自転車での配送だけでも、中小ビジネスを黒字展開することが可能だ。そう他のブランドや企業に理解してもらいたいという思いがあるんだ。」
複数の企業が、各社少しずつ持続可能的な取り組みを行っていく。そうすることで、地域社会へインパクトとして徐々に広がっていく。
自転車がより増えて車やトラックが減れば、その分環境が良くなる。公害も軽減する。静かで安全な環境の道路が増えることで、温室効果ガスも削減されるわけだからと説きます。
この様なユニークなコンセプトから、生み出された3つのキーワード。
豆を仕入れる際には、「この3つがクリアーされている生産者からのみ仕入れる」という信念を持ち続けます。
① エシカル
a. 『女性農家や弱小農家からの仕入れ調達』業界での力が弱い生産者からコーヒー豆を仕入れること、支援し続けること。実は、これはアメリカでも珍しいのです。
b. 『持続可能性を重要視』袋パッケージは、コンポスト可能製品のみ使用。自転車による配達など、SDGsに基づいて可能な限りできることは全て行います。
c. 『収益の一部は地域へ寄付』ポートランドやコーヒーの生産地の活動に、必ず寄付をします。
② クラフト
a.『手間暇惜しまず、少量ずつの焙煎』大量生産しないことに徹しています。もちろん、その豆の持つ最高の風味を引き出すために、正確に手を抜かず焙煎をするのはあたりまえのこと。
③ デリシャス
a.『世界中のより良い生産者から、おいしい豆を厳選』総合的な観点から、素晴らしい豆とされるものだけを仕入れる。そして、それを可能な限り美味しく焙煎することに徹しています。

|マイクロ起業のコロナ禍の対策
徹底したこだわりで、マイクロ・ロースターとして順調にビジネスを伸ばしてきたトレイルヘッド。
その経過として、持続可能とローカルをキーワードに、一軒一軒足で回ってセールス・マーケティングを行っていきました。この地道さとコンセプトへの共感から、地元の名だたる地産地消レストラン、デザートショップ、オーガニック系スーパーで次々に取り扱ってくれるようになったといいます。
さらには、大量焙煎生産をしないということからも珍重され。起業以来12年間、右肩上がりに成長。
しかし、そこで突然のコロナ禍が全てのビジネスを襲います。
そこで、チャーリーさんが先ず速攻で行ったことは、オンラインへの販売展開の拡張。同時に、リサーチや分析も即刻行いました。
そこから判ったこと。それは、ステイホーム時間が増えたことで、人々は質の高い安らぎを求めているという点でした。そのことから、さらに最高のコーヒーを提供するために、品質とブランディングを見直す時間も拡充していくのです。
外でお金を使う機会が減った市民は、家の中で安らげるモノ・コトへの消費に使っている。そんな経済の背景から、売り上げは急激に減少することは無かったといいます。
しかし、現在のポートランド近郊市を見渡すと、このような良い話だけではないようです。
コロナという向かい風を受けて、多くのブランドやカフェが閉店に追い込まれたり。また、コーヒーだけでは商売が成り立たなくなり、アルコールを提供するカフェバーに転換したブランドも少なくありません。
「ご時世に合った現象なんでしょうね。夜も稼ぎ続けられるカフェスペースがあることは、ビジネス形態としては良いこと。とはいえ残念なのは、セカンドビジネスとして夜の時間を開放しないと生き残れないという点ですよね。もちろん、ビジネスを広げるという夢の一つのであれば素晴らしいのですが。生き残るためだけの手段なら、経済的にも労力的にも疲弊し続ける一方だから。ビジネス続行は難しい。」
周りの状況を冷静に分析しながら。さらに、改善策から新しいチャレンジをコロナ禍に実行するチャーリーさん。
|新しい時、そしてプレイスを見据えた新たなチャレンジ
コロナ禍、ついに一つの決断をします。より広いスペース、より安価なレンタルを求めて、市内のシェアーワーキング工房への移転実行です。
これが功を奏して、現在では8種類に幅を広げての焙煎販売となりました。通年取扱品が5種類、季節限定品が3種類というラインアップです。
元々、トレイルヘッドの価格は通常か少し低めの設定です。
とはいいつつも、原材料や輸送代などの上昇が止まらない状況。商品価格を均等に、10%アップせざる得なかったと静かに語ります。
「ありがたいことに、値上げ後も売上は好調です。長年、トレイルヘッドのコーヒーで目覚める生活を続けてくれる人々。その暮しを守るという小さな使命に、生きがいを感じているところです。」
そして今、コーヒービジネスでシビアな問題となっているのが地球温暖化。コーヒーの産地によっては、猛暑からくる干ばつ。また、洪水などに見舞われて生産量が減少しているところもあります。
真剣に、生産者の生活、生産数を守るという事にこころを砕いていかなければ。そんな焦りにも似た思いだとチャーリーさんは説きます。

|日本の皆さんへの小さなアドバイス・・とは?
日本でも、サードウェーブコーヒーの影響で、小さなカフェやコーヒーロースター店が多く生まれ続けています。
そういうオーナーの方々へ。そして、コーヒー好きの方へのアドバイスは。そう尋ねると、ゆっくりと暖かなことばで締めくくってくれました。
「本当に素晴らしいコーヒーとはなにか。このことを日本人は、よく理解していると常に感じています。これは飲食全般だと思いますが、とにかく品質へのこだわりがスゴイ、素晴らしい。
でも同時に、これだけ多くのロースターカフェが日本に存在すると、小さなブランドのビジネス展開と運営持続は非常に難しいのではないでしょうか。
今、ひとりのマイクロ・ロースターとして言えること。それは、品質にこだわり続けること。さらには、これからの時代、持続可能なコーヒーというモノとコンセプトに気を配ることが大切です。
同時に、その地域のコミュニティ的存在=場になること。本当においしいものを提供し続け、地域に開放する安全な心安らぐ場を提供し続けていくことが、本当の持続可能なプレイス・ブランドになるのだと信じています。」

コーヒービジネスだけではなく、すべての業界やモノ・コトに通じる現代のコンセプト。それが、持続可能、コミュニティ、安全・安心。
美しい小さな豆が、たくさんの人の手に育まれて成長していく。その後、長い道のりを旅しながら、さらにたくさんの人に触れられ。そしてついに、その旅路を終え。今、あなたのカップに注がれる。
琥珀の芳醇なアロマに包まれながら、あなたはどんな旅を想像して今日の一杯を飲みますか。
次回は、『スペシャルティ コーヒーEXPO in Portland』の特別レポート! 世界中のコーヒー業界のプロが集結する見本市が、4月末にポートランドで開催されます。この世界最大級のイベントに、メディア取材者として招待をされた私もワクワク! 今年は、どのような 最新コンセプトのコーヒー豆、生産者、技術、関連ツール、輸入業者が展示発表されるのでしょうか。季節限定に見合ったコーヒー? 持続可能コンセプト? 新しい時代のビジネス等々。5月中旬掲載です!
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