|「アメリカのコーヒー、3つの波
ポートランドのカルチャーを語るに欠かせないことがら。それは、アウトドア、地ビール、そしてコーヒー。
『サードウェーブ(第3の波)コーヒー』の発祥の一つの都市。そして、コーヒー文化の中心の地として、日本でもその名がすっかり定着しています。
このサードウェーブという言葉。ということは、第1・第2の波と歴史もあります。
まずは、アメリカでコーヒーを語るうえで大切な、第1の波のファーストウェーブ。コーヒーの大量生産・消費が重視された1900年初頭の時代。帰還兵が故郷に戻り家で飲むアットホーム感、という歴史的な背景も影響しています。画期的に、大きな缶にすでに挽いたコーヒー豆が入ったコスパ重視。映画に出て来るように、コーヒーメーカーがキッチンに置かれての大量作り置き。生水を飲む習慣が薄かった背景から、水がわりに一日中飲むような薄目のアメリカンコーヒーが中心でした。そして今でも、こんな風にコーヒーを飲む文化は米国全土に残っています。
そんな味も香りもいまいちだった、アメリカのコーヒー。それを打破するかのように流行った、深煎りブーム。これが、セカンドウエーブ(第2波)です。1971年にスターバックスがオレゴン州の北に位置するワシントン州シアトルで開業。日本に上陸して以来、次々と新しいグルメ系コーヒーチェーンが生まれていったのは、記憶に新しいところです。
そして2000年頃から、第3の波の到来。実はそれまでのコーヒー銘柄は、一般的に原産国で表示され、数種類をブレンドするスタイルが主流でした。それに比べてサードウェーブでは、単一種から収穫されたコーヒー豆だけを使用するシングル・オリジンが重視されています。味としては、明るい酸味から甘みに変化をする、のど越し軽やかなものが主流です。また、一杯ずつ丁寧に抽出することが基本となっています。
そして他の波との大きな違いは、持続可能性が強く反映されている点です。豆の生産から消費者の口に入るまで、全てのプロセスが管理され品質が吟味される。そして、トレーサビリティ*にも重きが置かれています。
〚*その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのかを明らかにするために、原材料の調達から生産、消費まで追跡可能な状態にすること〛
このスペシャルティコーヒーとも言われる、高品質の単一種コーヒー豆と新たな世界のコーヒー傾向。この新たな波のうねりによって、豆の品評にも熱い視線が注がれています。
そして、この大きな働きを担っているのが、ポートランドに本拠地を持つ Alliance for Coffee Excellence (コーヒー・エクセレンス・アライアンス、以下略してACE)。現在では、世界42カ国にメンバーがいる非営利団体です。
このACEと私の出会い。それは、日本のTV番組のコーヒー特集ポートランド編の企画と収録にさかのぼります。日本カップリング特別理事と撮影団がポートランド入りをして、本部へ撮影訪問をしたのをきっかけに深い交流が始まったのです。
普段は一般の人は入れない、そんなACE本部。コーヒー豆品評会と真の目的をお聞きしました。それがどう、私たちの朝の一杯に影響を及ぼすのか。また、今後のコーヒーのトレンドとは。そんな、コーヒー産業の舞台裏をご紹介します!
|国際コーヒー品評会...って?
一歩足を踏み入れると、広々とした透明感のある空間。すっきりとしたコーヒーのアロマが漂っています。ここが、生産国ごとにその年の最高品質のコーヒー豆を決める『コーヒー豆の国際品評会(COE)』を主催しているACEの本部です。
毎年選抜された開催国で行われる、国際品評会。そこで、国際審査員がワイン・テイスティングをするようにコーヒーを審査します。でも大きな違いは、コーヒーをスプーンで一匙すくって「キューイッ!」と勢いよくすするように吸い込んで、味と香りを確認するスタイル。これを『カッピング』と言います。
味や香りの評価を点数で示し、そこで高評価を得たコーヒー豆にはカップ・オブ・エクセレンス(COE)の称号が与えられます。COEとなった豆は、その後ネットオークションにかけられ、世界中のバイヤーによって公平かつ高値で取引されるという仕組みです。
この公正な品評会によって、『生産者は良質な豆を作れば正当に評価され、それに見合った値段で買い取ってもらえる』という利点が生まれました。加えて、どこの国のどこの生産者が作っている豆がおいしいのか。そして、最先端のコーヒーはどのような味なのかといった世界のトレンドをはかり知るバロメーターにもなっています。
そして、この唯一無二の仕組みを作り出したのがこのACEです。
「この事務局は、1999年にNPOとして2人の創設者によって設立されました。その目的の柱。それは、①模範労働かつ質の高いコーヒー豆の生産者とその働きを守ること。②世界のコーヒー関連市場を結集するために、より透明で持続可能なコーヒー業界の経済と未来を創ること。」
テンポよく話を始めてくれたのは、ポートランド本部マネージング・ディレクターのエリンさん。2013年の米国カップテイスターズのチャンピオンでもある彼女。実は、有名大学で経済学を学び、卒業後は、モルガン・スタンレー証券で働いていたという分野違いの経歴を持ちます。しかし、コーヒー好きが高じて転職をして以来、この分野のプロとして世界に名をとどろかせています。ホンジュラスや東ティモールでは、生産者の立場になっての品質管理部門を立ち上げ。同時に世界の生産国を廻り、フェアートレードとその運営管理を積極的に行っていました。その後2017年末にアメリカに戻り、以来ポートランドと豆の生産国を廻る生活をしています。
近年、コーヒー人口がさらに伸びている日本。毎年、日本のカフェが国際品評会の優勝コーヒー豆を落札しているのは素晴らしく有名な話です。その恩恵を受けて、世界で一番の最高級豆で入れたスペシャリティーコーヒーを味うことが出来ているのは、何よりのよろこびです。
しかし、その一杯のコーヒーの裏側については、あまりストーリーを知らない私たちです。
|貧しい農園による健全な豆作りのサポート
長年にわたって、コーヒー文化とカフェ文化が根付いている日本。当然のことながら、ACEには日本人の会員も多く、品評会の国際審査員としても広く貢献をしています。このようなACEとの関係性と現代の環境保持意識の高まりから、生産者を守るという意識が日本でも出てきました。
しかし世界には、まだまだコスパ重視のビジネスをしている業者も多くいます。すなわち、生産者の立場を軽視しているビジネスがあるという現実です。
「どの業界においても、『持続可能なビジネスモデル』がますます重視される時代です。
もしあなたが、小さなカフェのオーナーやコーヒー業界関連のビジネスに携わっているのであれば。そして、新しいコーヒー豆や新しい仕入れ先を探しているというのなら、持続可能な取り組みをしている生産者から仕入れて欲しいと切に願っています。
健全な働き方を取り入れた生産者をサポートする。そんなコーヒー業界の方が一人でも多く増えれば、そのような働き方をする生産者がおのずと増えていきます。
『Farm to Table』。農園からテーブルへと、全てがひも付いて動いています。作物の生育、収穫、現地の政治、輸送、インフラ、調達、加工、サンプル送付、輸出するためのロジスティックスなど。ものを作り出す上で元が健全でなければ、いずれあなたのビジネスや生活にも影響が及んできます。ですから、サプライチェーン上のすべての関係者が協力し合うこと。これは、あなたが想像する以上に、今の時代とても大切な要素なのです。」
ビジネスモデル以外にも、現在問題視されている『世界各地での異常気象』。あなたが毎朝飲む一杯のコーヒーに、どのような影響を及ぼすのでしょうか....
|『気候の変動に具体的な対策を』
日本を含めて、世界的に気候が変動しているということは、ここ数年私たちが肌で感じているところです。
実はこの気候変動によって、経済的困難に陥っているコーヒー生産者や労働者が増えています。そしてこれは、コーヒー産業の深い問題に発展しているのです。
そんな彼らの生活を守る為にも、新しい農学、思考、マーケティングを学んだ人が新たに生産分野に参入することが大切だと言います。そしてその人たちが、農園に留まり働き続けられるような経済的システムを作り上げ、そこで働き続ける動機付け(働きがい)が要となるとエリンさんは語ります。
「働く環境の改善と品質改良を目的とした、コーヒー豆国際品評会。ここからズレないために、コンペ参加費用は無料。加えて、豆の改良、品種や加工の実験、市場との経済関係の構築に必要なツールも無料で生産者へ提供をしています。
そして絶対に忘れてはいけない事、それは収益性です。生産者が自分の家族や労働者を養える分の収入に結びつけることは、必然問題です。市場価格は20年前とほぼ同じレベルにとどまっていますが、それに伴う全てのコストは上がりっぱなし。それに加えて、この気候変動による作物への悪影響が、さらにそのダメージを広げています。
多くの 農園家が悩んでいる事。それは、お金と時間を投資してコーヒー豆を作り続けるか。または、コーヒーはあきらめて別の作物を作り始めるか。はたまた、廃業や転職をするか。生きていくために、このような難しい決断を迫られているという現実が今あります。 」
世界の多くの人が、毎日おいしいコーヒーを安定した価格で飲み続けられること。そのためには、貧しい地域のコーヒー生産者が、持続的に仕事を続けていくことができるかどうか。わたし達消費者としても、そこを意識してほしいと静かに話します。
「 彼らの努力に報いるためにも、その労力に見合った世界水準の価格でコーヒー豆を販売することが大切なのです。
具体的に言うと、COE国際品評会コンペと農園支援プログラムを継続的に行っていくこと。そして仕入れる側は、出来るだけ高値でカップ・オブ・エクセレンス称号のコーヒー豆をオークション落札していく。これによって、スペシャルティコーヒーの生産者に支払われる金額も上がります。すると、農園の労働者もその労力に見合った賃金を得ることができます。
こうすることで、コーヒー業界全体が改善され発展し続けていくことが可能になる。ついては消費者も、コーヒー豆生産者と労働者の生活を健全な形でサポートすることになり『一本の線となって』繋がることができるのです。」
近年では、『透明性のある持続可能』のあるビジネスにその注目度が集まっています。そして、このような仕組みとストーリー性を持つ商品。顧客はそこに魅力を感じ購入をする。こんな時代の雰囲気は一層強まるばかりです。
| これからのトレンドコーヒー
今まで毎年、選抜された国でおこなわれていた国際品評会。しかし、このコロナ禍。2020年は、審査員の手元に事前に豆を送ってもらう形で、初のオンライン開催となりました。
この時の優勝者の豆は、エチオピア産。花とフルーツの風味が絶妙にミックスした絶品とのこと。口に含むと丸みがあり甘さも感じ、複雑で華やかな味わいが特徴でした。
そして、今後の豆のトレンドとして注目を集めているもの。それは、『嫌気性発酵』。コーヒー豆の精製過程において、酸素に触れさせず微生物の活動で発酵させるという手法です。別名、「アナエアロビック」といわれます。
また、『イーストを使った発酵』をおこなっている生産者もいます。こうすることで、味も甘さが数段強くなりキャラメルのような味と風味に変化をするとのこと。
このように、美味しさに対しての追求が止まらない生産者と消費者。新しい豆の開発とグルメ志向の流れは、ますます加速していく予感がします。
わたしたちの日々の暮らしに深く根付いた、コーヒーとその文化。その芳醇な味わいと独特の香りの一杯に、心も身体も癒されます。
そんな一杯を、今日あなたが飲む時。遠く離れた農園を思い描いて、いつもよりゆっくり味わってみるのはどうでしょうか。そこから、すこし垣間見えるこの地球の環境。あなたなりに、その深い琥珀色から感じることが出来るかもしれません。
では、ここで一服。いつものコーヒーにしますか。それとも、ちょっと種類を変えて飲んでみましょうか。
次回は、初登場の分野。SDGsの目標7として今、最も注目を集めるクリーンエネルギーの取り組みです。毎年の猛暑に必須の水と電力エネルギー。水力発電を礎として、その可能性を達成するための働きとは? ポートランド電力から転職した第2の人生とは? 7月28日掲載です!
「本、コト、ときおりコンフォートフード」
エリン|she/her|マネージング・ディレクター
海とサンゴ礁、自然と一体化することで感じ得ること...
スキューバダイビングは、私のお気に入りのアクティビティ。 定期的にすべての喧騒から逃れるために、きれいな水を求めて旅に出ます。水中では自分の呼吸音以外は何も聞こえず、とても瞑想的。自分が、海洋生物の一部であることを体感する瞬間です。海中の美しいサンゴ礁を見るたびに、日々の暮らしの中で自分が出来ることはなにかを思い描く。そして美しい海と環境を守るために、自然への悪影響を減らしたいという気持ちがより募ります。
Comments