ポートランド流 持続可能な『もの作りとデザイン5つのヒント』

ニューズウィーク日本版掲載 2021年03月22日

Egg Press Cards
言葉遊びを中心としたエッグプレスのデザインは、数百種類にもおよぶ。時代の流れと共に新たなデザインを常時造りだして、最近ではLGBTQ関連のカードも好評。Photo | Egg Press

古いモノから新しいヒントを生み出す持続可能ビジネスモデル


『レター・プレス』って知っている?


そう聞かれて手渡しされたのは、再生紙に刷られた凹凸のある活版印刷のグリーティングカード。


まずそのイラストを見て「くすっ」と自然に笑みが漏れました。そして温もりを感じながら、無意識に手のひらをあてて何度もなぞると、ゆっくりと心が和んでいったのを覚えています。


2000年初頭、ちょうどデジタル化というコンセプトが急速に発展成長し始めていた、当時の西海岸。私自身の会社も設立当初の羅針盤が少しぶれ始めていた時期でした。


カード文化が根付いているアメリカでさえ、コミュニケーションの媒体としても手書きや紙離れのちょうど境目の時期。そんな時初めて、女性起業社である『エッグ・プレス(Egg Press)』という会社の名前を聞き、元ナイキのデザイナーだったテスさんという人が社のトップであるという事を知ったのです。


ブランドのストーリーを聞くうちに、古いコンセプトを捨てることなく、新しいものを学びながら時代と共に進んで行くことができる。私自身の凝り固まった志向を徐々に開放し始めると、自然に新しいアイディアへといざなわれるようになっていきました。


そこからは、あっという間の10数年。今では持続可能なビジネススタイルという共通点の元、数多くの協働をしています。


そして今、手仕事の活版印刷が再度注目されています。コロナ禍自粛によって会えなくなった大切な人に、自分の思いを伝えたい。手仕事で刷られたカードに、手書きで一言二言綴る。ぬくもりを感じるデザインものは、離れている人との繋がりや距離を近づけてくれるというのがその理由です。


暖かさを感じるのは、カードだけではありません。ミッド・センチュリー*のデザインや家具に囲まれたご自宅にも何度もお邪魔をする度に、心地よい空間作りに心が奪われます。ストーリーを語れるモノを自分の生活の中に取り入れる、人に受け継がれたものを自分なりに使うのが好きだといいます。


今回は、そんな持続可能な活版印刷会社と彼女の持続可能な暮らしのヒントを同時に深堀していきます。


〚*シンプルかつデザイン性の高いフォルムや曲線美であると同時に、モノづくりにおいてクラフトマンシップの要素を守り続けている。そんなことから、ポートランドの人々の志向と合ってこのスタイルのデザインに囲まれて生活する人も多い。〛

Beautifully decorated living room
Photo | Egg Press

|Nikeのデザイナーから企業家へ。『好き』からのモノ作り

元々は、ナイキのテキスタイルデザイナーだったテスさん。小さい頃から昔の手法を使ったものづくりに興味を持っていました。活版印刷もそのひとつ。なんらかの形で、テキスタイルデザインと融合することができないかと漠然と思いを抱いていました。


そんなある日、廃業をする印刷業者から古い機種の活版印刷機が売りにだされるという情報が入ってきたのです。「自分で刷ってみたい!でも、あくまで趣味の域として。」重く重厚な印刷機を父親と必死にご自宅のガレージに運び入れたその日から、活版印刷機とその印刷の魅力にのめり込んでいきました。


そこから5年間、地道に自宅のガレージでの印刷作業とデザイン技術を磨く日が続きます。当時はまだ、クラウドファンディングなんてない時代です。じっくりと、起業のための勉強と資金作りを行っていきました。プロダクトやデザイン方向性、そして資金に目途が付いてきた1999年、思い切ってナイキを退職。女性起業家として、会社を設立します。


それ以来、15名程の従業員と共に、毎日数百枚から数千枚の活版印刷を全米のみならず世界中へ送り出しています。


折もおり、2015年オバマ元大統領がポートランドを訪れた際に、一度だけ公的の場でのスピーチが行われました。その席で、「中小企業が中心のポートランドにおける女性起業家の牽引役。環境を重視した持続可能な会社作りの良き成功例」として名指しを受けるほどの優良企業へと成長し続けます。


Egg Press Workshop
Photo | Kevin Evans

|持続可能な『つくる責任』

そんなエッグ・プレスの工房の中に入ったとたん出迎えてくれるのは、まるで整列した騎士の様な印刷機8機。1920年から1960年代モノを中心に、ひとつ一つの特性や個性があるそうです。もちろん初めての活版印刷機も、現役で働き続けています。


近年は主にデジタルカードを使用する人が多い中、大手カード会社の多くは生き残りをかけて印刷を海外発注しています。ほとんどの会社は、決して環境に良いとは言えない安価なインクを使用し、健全な工場環境とは言えない会社が多いのが実情です。


そんな流れの中で、『持続可能な生産』と『環境への配慮』に設立当初から力を入れているエッグ・プレス。ただ単に売ればいいという『かわいいカード』を作り出すのではなく、社会的責任を持って作り出さなければいけないと考えています。


しかし当時はまだ、持続可能やSDGsという言葉がアメリカでも一般化されていない時代。一番大変だったのは、作り出す製品への責任社会の役割を顧客へ説明して、その社会的影響を理解してもらうことだったといいます。


「最近になってやっと、『モノの持続可能性の大切さ』と『そのストーリー性』が少しずつこの社会に浸透してきたことを感じています。」SDGsへの意識が高まっている、今の社会の流れ。この古き良き手作業とプロセスが、逆に新しい概念になっているのです。


テスさんは、製品を作り出す際にSDGsの『つくる責任*』を常に意識していると続けます。


「持続可能が実現されるためには、定期的に生産から廃棄まで全体を見回して、その仕組みを常に見直して変えていくこと。そのモノがどの様な素材で作られ、どの様に管理、リサイクル、廃棄されたりするのか。その流れをきちんと把握することが重要なのです。」と優しい微笑を浮かべながら、まっすぐに語ります。 

〚*SDGsの項目12 番。『つくる責任』と『つかう責任』〛


同時に大事にしていること。それは、誰かが喜んでくれることを思いながら、それを自分の喜びにして働くことだともいいます。カードという消費品を超えた、人の心と言葉がつまった『思い出の一品』になるよういつも意識をしています。


Five Sustainable Responsibilities
©2021PDXCOORDINATOR,LLC

次のステップとして、より持続可能なビジネスを創造するためにプラスチックを含まないパッケージを設計しているとのこと。


経済成長のためや起業PR、マーケティング手法としてのSDGsではなく本来向き合わなければならない企業のビジネスモデルがここにあります。


そんな起業家であると同時に、妻であり二人の男の子の母でもあるテスさん。持続可能なポートランドの『日々の暮らし』は、どのようなものなのでしょうか。


Beautifully decorated fireplace and living room
Photo | Egg Press

|くらしの中の『つかう責任』

家具も道具も新品より、趣のある中古が好き。「古いものは、丈夫で仕事が良いものが多くあります。先人のものを受け継いで大切に使うことは、私の暮らしのすべてに通じるところです。」


インテリアだけにはとどまらず、モノを購入する時には、これから何年も使い続けるかをよく考えてから買うようにしているテスさん。


「例えば、自転車を購入する場合。自分の年齢を考えてこれから何年間使用するのか、必要な時だけ友人から借りることは可能かをまず考えてみます。子供の洋服を購入する際には、国内生産品であるかを先ず確認します。でも、高価すぎるものには手を出しません。」


同時に、お下がりとして下の子が着たり使ったりすることができる良質性も大切です。素材が良ければ、修繕もできます。もし、2人の子が成長してまだ良いコンディションであれば、友人の子どもに託したりもします。高級品でなくても、きちんとした質のものであれば何人もの人が着ることができ、そのモノが生かされることに繋ります。また、モノを大切にするという習慣も芽生えます。


「商品を『つくる責任』がエッグ • プレスにあるように、消費者として『つかう責任*』があると信じています。」


加えて、今の様な厳しい環境でも『こころのあるべき位置』という知恵を二つ教えてくれました。


コロナ禍での日々のルーティーンを『生活の退屈な繰り返し行為』とみなさないように、些細な幸せに意識を向けて暮らしを続けること。


そして自分のこころを落ち着かせるため、そして小さな幸せを見出すために、隙間時間を見つけて自分の好きなことをすること。


テスさんの場合は、大好きなニットを編むことだといいます。「編み物は、デザインと発想の源。集中力を必要としながらも、同時に瞑想的な役目を果たしてくれます。これには、素敵なおまけ(副産物)もあるのです。コロナ禍で会えない親戚や親しい友人に自分の編んだものを贈る。今は会えないけれど大切に思っているよ、繋がっているよという思いという名のギフトです。」


ひとりで過ごす時間があることで、その人生をより一層豊かにする。そういう意識を持ちつつ暮らすことは、とてもすてきなことです。


Egg Press Greeting Cards
©2021PDXCOORDINATOR,LLC

|これから、そして子どもたちに受け継ぐ未来のためのポートランド

子供の頃から、ポートランドで育ったテスさん。ブラックライブズマターからコロナ禍で、劇的に日々変わり続けているこの町今とこれからを考える日々だともいいます。


その一つは、『変わり者の町であり続けよう(Keep Portland Weird)*』というポートランドのまちを象徴する言葉。本来は多様性を受け入れようという意味で使い始めたにも関わらず、今はまるで違う意味に取り違えられているということを嘆きます。

*その要因などは、過去の記事をお読みください。


現在アメリカの多くの町は、コロナ禍以前からの果てしない問題課題が山積みです。それは、ポートランドの市の行政局も同じこと。多くの市民と子供達も人種差別を始め、経済・学習・健康格差で苦しんでいるのも辛い現実です。今はなによりも、これからの将来を見据えての『新しい計画*』が必要だと感じています。


過去のポートランドのまちづくりという事例や通例だけから脱皮をして、良き方向へと進んで行かなければいけないはずです。過去数年間の枠や上辺だけの持続可能性。『そうだと思われていた』町づくり・もの作りではなく新たな形の『本物の持続可能』をポートランドは考え始めなければいけない時だといいます。


ずっと、好きでいる。その真っすぐさや誠実さが、この町での暮らしを支えています。そして子供達が、この町に生まれ育って良かったと言える。そういう具体的な変革が今必要とされているのは確かです。


〚*ポートランド市長直下の新チーフが就任し、市による新しい計画部会が発足しました。他の市行政局を含めて、オレゴン・マイノリティー企業起業家協会(OAME)のトップもリーダーとして参画。共に私も、OAME国際委員長として話合いをしている最中です。新たなポートランドへの変革が、少しずつ開始されています。〛


手に入れたら終わりと思いがちですが、モノ、町、人間関係というデザインのすべては「それから」が大切だと。そんなデザインの本質は、素材や使用する目的への配慮、そして個人への尊重にあると感じました。


「変わらないこと」そして「進化し続けること」。一見相反することがらを、バランスよく日々行うことの大切さ。


生活者として起業家として、自分で選び取ったというぶれない部分が、テスさんの多忙ながらも平安なこころと日々の暮らしを支えています。


次回のゲストは、『オレゴン・マイノリティー企業起業家協会』の会長による『多様性』です。ポートランドにおけるマイノリティーとビジネスの信頼性を確立した立役者の登場です! 40年間における行政へのアプローチと実現への道のり? 協会独自の「包括性」とモットーとは? 起業と多様性・包括性にフォーカスする回。4月13日掲載です!

Weaving machine
Photo | Egg Press

「本、コト、ときおりコンフォートフード」 テス|she/her|Egg Press 代表


だれにでもある、こころの奥にある特別なもの、大切なもの。


機織り機(ギリモクラ型)


去年の夏、中古の機織り機を手に入れました。織機は、未知の可能性、美しさ、秩序を編み出してくれるものです。織機と一緒に素晴らしい思い出も作り出されました。ティーンの長男と一緒に車を10時間走らせて取りに行ったら、想像していた以上に巨大! 汗水たらしながら苦労して一緒に車に乗せたり、往復のドライブ中に普段ではしないような話ができました。予期せぬ形で入ってくる副産物は、いつもなによりも素敵なのです。


自家栽培のトマトから作るスープやソース


毎年庭に、6鉢程のトマトの苗木を植えています。そこから採れるトマトをオニオン、クローブ、ガーリック、オリーブオイル、塩コショウと一緒にオーブンでじっくり焼き上げて。それを保存袋に入れて冷凍保存をしておくと、ひと冬分のスープ、パスタソースの出来上がり。豪華な食材がなくても工夫すれば豊かな食卓になります。何ものにも代えがたい家庭の味になることは、ささやかな喜びです。


記:各回にご登場いただいた方や記載団体に関するお問い合わせは、直接山本迄ご連絡頂ければ幸いです。本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。