|臆せずしなやかな、次世代女性リーダー
地域コミュニティーで、公正公平でポジティブな影響力を発揮すること。これは、今の社会に欠かせないリーダー素質の一つになっています。そしてまさに、今変化を遂げているポートランドのあるオレゴン州内でも、この流れは明白です。
そんな中、今一番『インスパイアリングな女性』として注目されているのが、女性として初めてオレゴン州経済開発局の局長に就任されたソフォーンさん。加えて、カンボジアからの成人移民マイノリティーという点にも、関心が集まっています。
前職の州知事室では、多様性・包摂性と公正公平な取り組みについて、実務的経験を深めてきました。そしてこの3月に、州知事と地域のリーダーからの推薦*によって局長就任へ。『同じ女性として誇らしい!』と地域女性リーダーが自分のことのように喜び、ハリス副大統領就任に匹敵する程の話題となったのです。
そんな彼女と初めて会ったのは、2017年。ブラウン州知事が公邸にて小規模に開いた、『初のアジア諸国リーダー会合』に遡ります。そのたおやかな話ぶりと知性、包容力にあふれた人柄にすっかり惹きつけられた私。それ以降、互いのスケジュールをぬって、実りのある話のみに興じる間柄へと発展していきました。
行政という男性主流の特殊な社会で、アジア人女性、それもネイティブスピーカーではないというハンディーを抱えながらのチャレンジには、常に勇気づけられています。
実は今回が、就任後初の公式インタビュー。経済局のトップとして、また女性リーダーとしての、SDGs 『4. 質の高い教育をみんなに』『8. 働きがいも 経済成長も』とは。そして『ワーキングマザーとしてのヒント』を特別にお話ししていただきました。
〚*公式推薦の場合、米国では通常、地域のリーダーやビジネス協会数名の推薦文を公的機関に提出をします。僭越ながら、マイノリティ女性代表として私も推薦文を提出するに至りました。〛
|まずは聞きたい『今のアジア人 ヘイトクライム』
日本との歴史的背景から、親日家が多いオレゴン州やポートランド市。他の大都市に比べれば、直接的なヘイトや嫌がらせはまだ少ないとされています。
その一方で、同じ西海岸のワシントン州シアトル、カリフォルニア州の数々の都市では、日本人が襲われる事件が多発。オレゴンの日系住人の不安も、日に日に深くなっていくように感じられます。
アジア人がアメリカに移民をし始めて以来、偏見や差別は長年この社会にあります。でも今回は、暴力事犯が連発されているところが大きな違い。そして、アジア系をターゲットにしているのは、人種的マイノリティーというのも、悲しい事実です。
全米各地で、コロナ禍という困窮期・混迷期で溜まった不満の矛先が、関係のない相手に向けられています。差別をされている側の人間が、自分のこころの奥底に蓄積された憤りを、自分より低位だと勝手にみなした相手対して爆発させる*。このような、みにくい『差別の差別』というサイクルが広がっています。
さて、こんな混とんとしている時期に州経済局長となったソフォーンさん。静かにそして凛として、話し始めてくれました。
「米国に住む、多くのアジア・パシフィック系住民。私たちは、長年にわたって差別による多くの恐怖を感じながら、それでもこの国で必死に生きてきました。今、全米で起こっている無思慮な言葉と行動と暴力に、再度深い苦しみを覚えています。今の社会の憎しみと分裂の増加は、なにがあっても容認してはいけないのです。
そのためにも国や地域のリーダーは、常に意識をして公正公平と真実を追求すべきです。きれいごとだけで言っているではなく、これはすでに現在の社会の必須条件になっています。自分に都合のよい真実を作り上げるのではなく、道徳的、倫理的な責任を持つこと。これは、今の社会と人の前に立つ人間みんなに欠かせない要素なのです。」
ソフォーンさんは、尊敬するキング牧師の言葉を引用してこう続けます。
憎しみが憎しみを消し去ることはできません。愛だけがそれを可能にするのです。
この緊急時を機会として、一人ひとりが言葉と行動を意識して選択していくこと。また、それらすべてが自分の将来の暮らしに直接影響を及ぼすという意識の元で、しっかりと考え行動する。この『自分で考える力を養うこと』こそ、今の私たちに必要だと訴えかけます。
では、この考える力。今の困難な時代に、どのような意味をもつのでしょうか。
|やわらかな感性で、学びを重ね続け 考え続ける
成人してから、ほとんど英語も話せないままカンボジアからアメリカに渡ってきたソフォーンさん。今までの人生で、その『考える力を養うこと』と『教育の大切さ』に思いをはせてきました。
正直なところ、SDGs目標4 の『質の高い教育をみんなに』という部分は、初等教育が整っているとされる日本人にとっては、ちょっとピンと来ないかもしれません。事実、世界を見回してみると初等教育を受けられる人数自体は、確実に増えてきています。そこで課題とされているのは、教育の質の向上です。
知識を取得して成長していくことによって、自分の頭で考える能力がおのずと高まっていく。特にこのSDGs目標4は、17項目すべてに関わる目標ともいえます。
とはいえ、このコロナ禍でより一層の教育格差が生まれているのも事実です。その一つが、日本や米国の大学進学率の低下と中退率の上昇。同時に初頭教育の環境格差も、じんわりと確実に広がっています。
実は、私にとって初めて『教育格差』を感じたのは、留学時代の80年中盤のことでした。英語のレベル分けのテストをする教室の隅に一人ぽつんと、それは小さな...140cmにも満たない30代と見受けられる女性がたたずんでいるのです。不思議に思っていると、教員が「教室番号が違うよ」と優しく手を引いて出て行こうとします。そして、教室の生徒に一言。「彼女はカンボジアからの難民で、自国の言葉でも10まで数えられないし、読めない。だから、教室の番号が読めずに間違えたんだ。」この言葉が、私の心に強く焼き付きました。それは、留学生数人が、自分の通学用BMWの型を比較して、季節ごとの5つ星旅行を自慢をしている最中だったからかもしれません。
80年代のカンボジアのイメージは、やはり『難民』です。民主主義と生命保持を求めて内戦紛争真っただ中にすべてを失い、服数枚を背負って逃げまどう。乗り込んだ漁船などの小舟上でも、多くの命が失われるのを目の当たりにしながら、奇跡的にアメリカにたどり着いた人たちです。
ソフォーンさんは、この時代から少し後に難民とは少し異なる犠牲の元で、2000年にアメリカにやってきました。それは、両親親戚による命がけともいえる、経済援助と米国教育との引き換えでした。将来を見据えて、教育を受けることでしか確かな未来を得ることはできない。この言葉に、留学時代の出来事を思い出して強くうなずいた私です。
爪に火を点すような生活のなか、比較的学費の安い地域のコミュニティーカレッジで英語を学び、必死の思いで4年生大学に転入。その間中、働きながらMBAを取得します。同時に、移民やマイノリティー関連のボランティア活動を続けていきました。その原動力となっているのは、犠牲の上にある恵みだといいます。
「アメリカは、確かに多くの問題を抱えています。でも少なくとも、私の母国に比べれば多くの人がチャンスを得ることができる国です。移民、難民、どの様な形であれ『自国から出る選択肢』があること自体が奇跡なのです。」
実はあまり、このような苦労話しはしたくない様子の彼女。その理由は、苦労話しを売りにしている残念な人が沢山いるから。生きていればどのような形であれ、みな苦労をしているのですからと穏やかに微笑みます。
「もちろん、全ての努力が報われるほど、甘い世の中ではありません。でも、一人でも多くの人や子供に、質の高い教育の大切さを伝えたいのです。アジアの小国からの移民、それもアジア人女性が質の高い教育を受けて懸命に生きていけば、チャンスを手にすることも多々ある。そう身をもって伝えていきたい、そんな思いからなのです。」
必要な時、そして現在のような有事にいかに考え、どのような意思決定し、そこからどう学んでいくのか。これが、質の高い教育の必要性に繋がっているのではないでしょうか。
とはいうものの、質の高い教育には資金が必要です。現在のコロナ禍、長引く不況であえぐ家庭にとって、学費ローン*を組んで大学に行く余裕がないというのも現実です。国や地域のリーダーが率先して、これからの教育のあり方の枠組みを真剣に考える必要があると感じています。
〚*アメリカの大学の学費は、日本に比べても大変高額になっています。多くの生徒は親の援助なしで、20~30年学費ローンを組んで大学に通うのが一般です。加えてこの学費ローンは、アメリカで『唯一、個人破産が適応されないローン』! そのため、職を失った若者がローン返済から逃れるために、社会から身を隠すケースが増えていることも今の社会問題になっています。〛
|経済促進、日本との貿易強化、すべて多様性&包摂性を基盤に
このコロナ禍で、特に目標8の『働きがいも経済成長も』に焦点が当てられるようになっています。
「『働きがい』のある環境。これは、すべての働く人が心も体も共に安全を感じること。そして、職場環境で尊重されていると感じられることが基本です。働く人の声に耳を傾け、良い案を聞き入れ、尊重され、誇りに思える場所でなくてはならないと考えています。」
この州経済開発局は、オレゴン州全体のビジネスの成長と支援が主の目的。雇用を増やし、経済を多様化しながら繁栄を高めることに力を注ぎ続けています。また、米国連邦政府局との連携によって、多種多様のビジネスのサポートをしているのも州政府機関ならではです。
『経済成長』として、以前から力を入れていた『地方都市の経済格差への対処』と『日本との貿易続行と強化』*。そこに多様性と包括性を取りいれることは、最優先課題だといいます。そして、『日・オレゴンの女性リーダーシッププログラム』も強化継続するとソフォーンさんは話します。
〚*米国で唯一となる『州立 フード・ラボ』との協働で、新しい食品開発を積極的に行い全世界に輸出をしている。〛
そしてこれからも、より一層力を入れていきたいと考えているのが、州知事室・経済局主催で2017年に発足開始した女性リーダーシップ プログラム* です。
前回の開催は、オレゴン州知事の訪日に合わせて帝国ホテルにて開催されました。アメリカ大使館、外務省、州関連の女性リーダーやメディア各社が参加。
特にフォーカスされたのは、女性の社会進出においてネックの『女性が女性の足を引っぱらない』ことへの意識。そして、『男性の参画によって、初めて現実的に機能する女性リーダーシップ』という点です。
「このプログラムは、オレゴン州全局と州知事室をあげて継続強化していく分野の一つです。次回は、さらに進化した内容にすることを新たな目標としています。多様性という観点から、これからのオレゴンと日本の益となるプログラムを基に、皆さんと実りあるお話しをすることを楽しみにしています!」
〚*著者山本が共同委員長となり、州局との協働で発足をしました。当日は、多数の大手新聞掲載、TVニュース放映により想像以上の反響でした。次回の開催を計画中です。〛
そんな多忙な日々をおくる、ワーキングマザー。そのヒントと必要不可欠なコトとは?
|初のアジア人女性トップとして、ワーキングマザーとして
地域コミュニティーにおいて、これから力を入れていきたい分野。それは、『多様性と包摂性はあたりまえという環境の構築』です。
「オレゴン州だけでなく米国全体を見回しても、女性と人種マイノリティーがリーダーになっているケースは、まだまだ低いのが現状です。優秀で公平公正な人種・性別マイノリティーの人がもっと活躍するように、この社会の枠組みと仕組みを変えていくための策を実行していきます。」
多様な視点や経験の構築は、州知事と直接働いた影響が大きいといいます。「具体的に、多様で包摂的な働き方を推し進め、それを実現させるための方法を多く学びました。そして、もう一つの大切な学び。それは、『思い上がった態度はもってのほか。自分一人でこのコミュニティーを作っているのではない』という戒めです。」
また、これらを次世代に継承をしていくのも一つの務めと心に決めています。そう思う理由の一つが、11才と8才の子供の存在です。
「働く母として、アジア人の妻として、どの様にバランスをとって生活をしていくのかは共通の悩みです。子供たちとの貴重な時間をいかに作り出していくのか、それを常に考えていますね。気力体力の保持、そして時間の管理をいかに計画的に、そして柔軟におこなっていくかでストレスレベルはだいぶ下がります。
それに、生活の中で目の前のことに手いっぱいになっていると、当然自分のことは後回し。子供や家族のことばかりを優先にしている自分がいます。同時に、頭の中は仕事の事でパンパン。なのであえて意識をして、自分自身をいたわるセルフケア、そして自分のための時間は絶対に必要と言い聞かせているんです。疲れ切っている頭と心では、正しい判断が出来なくなってしまいますから。」
そんな超過密な仕事と家庭の両立を一番理解してくれ、プラス『激励』をしてくれるという夫の存在は欠かせません。
「カンボジア難民として、アメリカに渡って来て苦労を重ねてきた人です。彼の理解と協働なしには、キャリアを積むことは不可能でした。
カンボジアは、アジアの中でも特に男性優位の社会です。今の時代においても、女性が高いリーダーシップを発揮することは一般的ではありません。そんな環境で育ったにもかかわらず、カンボジアの古き良き部分のみを残し、現代風に家族皆が協力して家庭を支えていくことを日々実行している夫です。
将来の世代のための模範となるように。この世代の女性リーダーを増やして、挑戦していく姿を見せ続けていくように。常にそう、私を励ましてくれます。」
男性の理解、協働、参画があってこそ、現実的な女性の活躍が広がっていく。信頼している人からの真の励ましによって、安心して社会に進出していける手本がここにあります。
そして、もう一人の実務的サポーターが義母です。欧米では珍しい3世代住居。この基盤を円滑に日々過ごすには、当然のごとく互いの努力が必要だといいます。
「孫の送り迎えと家事をすることを通して、家族を支えてくれている義母です。なによりも、子供たちがカンボジアの風習や文化を学べることは、理想のバイリンガル・バイカルチャー教育にもなっているんです。」
小さな社会としての家族のコミュニケーションを円滑に行うためには、家族一人ひとりが互いの役割をこなし、同時に楽しむこと。そのためにも、出来る限り共通の生活認識を分かち合いながら、一緒に進んで行くことが大切だと語ってくれました。
意識をして、互いを尊敬する事はもちろんのこと、日々の感謝、そして、さりげないいたわりの言葉を意識して発信していくことで、家族と夫婦の絆を一層深めていきたい。そう締めくくる姿に、しっかりと根を張る野花の姿が重なって見えました。
世の中は常に変化をし、女性を取り巻く環境も変わっています。一人ひとりの多彩な生き方は、社会の豊かさにつながります。
先ずは、あなた自身が、ほんの少しだけ『なにかを』意識をし始めるのはどうでしょうか。
それがいつしか、あなたの家庭、会社、地域というコミュニティーの多様性と包括性へと進む、はじめの『半歩』に繋がっていくのかもしれません。
次回のゲストは、犬好きの方待望の...『エシカルなドックフード』 ブランドのCEO登場です。えっ! 人間でも食する事が可能な100%国産原料ペットフード!? 犬と地球にやさしいエコ商品作りの極意とは? 今、西海岸の犬好きの間で注目されている、エシカル・ビジネスに迫ります。5月10日掲載です!
「本、コト、ときおりコンフォートフード」
ソフォーン | she/her | オレゴン州経済開発局長
LEAN IN ( リーン • イン ) - 女性、仕事、リーダーへの意欲 | シェリル • サンドバーグ (著)
フェイスブックの最高経営責任である著者。とはいえ、その日々の暮らしと経験は、一般に働いている女性に共通する項目ばかりです。企業経験や家庭生活と子育てに基づいて書かれた、実践的なアドバイスや日々のヒント。私自身、この本に出合ったことで救われました。特に『自分をいたわり、自身の心身のバランスを取る』ことがいかに大切なのかを教わった、貴重な一冊です。
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