教育からできること、ポートランド地域の格差と多様性への問いかけ

ニューズウィーク日本版掲載 2021年09月10日

President Karin Edwards, Clark College
クラーク・カレッジの学長であるカリン・エドワーズ氏は、ニューヨークのブロンクス出身。教育こそが自分の将来の道を開いてくれると信じ、東海岸の大学で教育学の博士号を取得。Photo | President Karin Edwards, Clark College

|世の中の『違い』を追いかけたら、違う風景が見えてきた


コロナ禍での新学期が始まりました。ここアメリカでは、9月が新学年。いまだに深く根差す不安と緊張を抱えたながらも、友達に会える喜びと共に学校に足を運ぶ姿が、町のいたる所で見られます。


昨年一年間は、感染対策により小学生から大学生までがオンラインで授業を受ける「ハイブリッド授業*」での勉強を強いられていたアメリカ。この新学期からは、登校するかオンラインで授業を受けるかを選択できるようになりました。


とはいえ、ほとんどの学生が実際に足を運ぶ『リアルな学生生活』を選んでいる様子。ちなみに、キャンパスでのリアル授業を受けたい大学生の場合、2回のワクチン接種が義務付けられています。


〚* 教室での授業を動画で生配信し、生徒はその様子をPCやタブレット端末で視聴学習する方法。実際に一番大変だったのは、経験したことがない授業を用意する先生でした。寝ずの準備で精神的に辛い思いをしていた方がほとんど。そして、自宅での勉強をみる保護者にも、多くのストレスが掛かったのは万国共通。〛


在宅での一年間のタブレット学習によって、今より一層な問題となっているのが『教育格差』。家庭内の教育の環境や理解度の差が、コロナ前より広がっています。加えて、去年から今年にかけての人種差別問題から、さまざまなシーンで語られる『多様性』。


この二つが、新学期が始まったばかりのコロナ禍におけるアメリカの教育。すなわち、社会の根っこのキーワードになっていると考えている人が、最近とみに増えてきています。


そんな今、真摯にその部分を追究する人の姿から、なんらかの答えを導くヒントがありそうです。


カリンさんは、ポートランド近郊に立地するクラーク・カレッジの学長に、コロナ禍の2020年に就任しました。女性として、また有色人種として初の学長。白人中心の人口分布であるポートランド地域では、大きな話題になっています。前職のポートランド・コミュニティ・カレッジの校長からの栄達となります。


彼女の名が知れ渡ったもう一つの理由。それは長年、教育者として地域社会に貢献する役割を多く担っていたという点にあります。というのも、校長を務めていたカスケード・キャンパスはポートランドの北に位置し、オレゴン州におけるアフリカ系アメリカ人の大半が住んでいた立地だったからです。


この地域の特徴は、ジェントリフィケーション問題* に最も悩まされてきた土地柄。ポートランドにおける過去20年間の開発によって、長年住みついた多くの人々は家やビジネスを失っていきました。それにとって代わり、新しい高額賃貸マンション、オフィスビル、レストランが『雨後の竹の子』のように現れたのです。2021年の現時点では、建築ラッシュはだいぶ落ち着いてきていますが、それでも現在進行中の地域が若干あるのが現状です。

〚* ジェントリフィケーション問題については、過去の記事をご覧下さい。〛


このような地域の歴史に敬意を払いつつ、より良い未来のために教育者であるカリンさんが行ったこと。それは、町の公共機関と積極的に関わり、企業、政府機関、コミュニティのリーダーと協力を基とした地域の教育の助長でした。


ビジネス協会での活動から知り合い、個人的なお付き合いに至ったカリンさんと私。教育を通して、格差をなくす取り組みに真摯に取り組む、穏やかで凛とした彼女の姿を追います。



Karin Edwards is standing next to the Clark College directory
ポートランド・コミュニティ・カレッジのカスケード・キャンパスの校長を6年間務めた後、現クラーク・カレッジへ。静かに一つ一つの言葉を丁寧に選びながら話す、その語り口が魅力の一つ。Photo | President Karin Edwards, Clark College

|コロナ禍と教育と公平性のレンズ


クラーク・カレッジを率いる初の黒人女性であるカリンさん。実は、過去の働きにおいては、長年4年制大学の勤務を続けていました。


しかし、高等教育に携わっていけばいくほど、多くの疑問を持ち始めます。ニューヨーク市ブロンクス出身ということもあり、文化背景と教育格差を肌で感じ育ってきた環境。そんな生家の生活環境から、地域に根差す2年制短大のコミュニティ・カレッジ教育の大切さを痛感し続けていったと言います。


というのも、中流下層から低所得層、移民や有色人種の学生にとって、高等教育への最初の入り口となる場所 。それが2年制短大だからです。


短大といっても、どちらかと言えば日本の専門学校に近い学習内容。専門学科を2年間学び、卒業するというコースになっています。また生徒によっては、その2年制短大から4年制大学への編入をして卒業をする。このような形で4年制大を卒業するというのも、アメリカではよく行われる進学のパターンです。


この編入コースを選ぶ利点。それは、公立の地元コミュニティー・カレッジに2年間通う事で、学費を抑えることが出来るところです。この場合、その生徒の在籍する短大レベルと生徒の偏差値や成績によって、入学できる4年生大学が決まります。


さて、ではなぜカリンさんは、教育において人種的多様性と公平性にこだわるのでしょうか。それは、有色人種や中流下層以下に明らかな教育格差があるからだと話します。


「特に、多様な人種と収入が不安定な家庭に育った子供たち。彼らにとって、短大や大学という高等教育は、『公平により近い将来』を手に入れることのできる貴重なツールだからです。


そのためにも、まずは、より多くの人に質の高い教育を受ける機会を提供すること。そしてそれは、必然的に地域の豊かな労働力へと繋がっています。そのためには、地域の公的機関や教育機関が、市民と学生のための具体的な良案を惜しまずに務めること。これが、最も重要なポイントです。」


移住者、有色人種の学生、収入が不安定な生い立ち。歴史的や経済的に恵まれていない人々のために、存在する公平性の格差を解消する必要性を痛感していったカリンさん。現在では必要な公平性、採用・雇用、授業カリキュラム、学生サービスなどの方針とプログラムの改善を行っています。


また、これらの計画の中には、全職員が年に1回「権力、特権、不公平」のトレーニングコースを受講することが含まれています。加えて、多様性、公平性・包摂性に焦点を当てた1年間の専門的な開発プログラムも導入しました。


「学生がより良い教育を受けること。そして、中途退学する事なく学業を終えること。そのためには、出来る限り、彼らの抱える格差をまずは想像、想定し具体的に改新していかなければなりません。彼らが置かれている現実。これを地域自治体と教育関係者は、より真剣に考えなくてはならない。そんな時代なのです。」


まずは一つの具体策として、去年から引き続き、在短大生のために食料配給所を設置。また、学習に必要とする生徒のために、何百台ものノートパソコンとWi-Fiルーターの貸し出しもしています。


とは言え、コロナ禍により、多くの教育機関自体も大きなダメージを受けています。そんな今のアメリカの大学の悩み。そして、学費ローン事情とはどのようなものなのでしょうか...。


A Pastry chef course student
一般のアメリカの短大と同様、クラーク・カレッジには IT、ビジネス、医療から洋菓子職人など様々なコースがある。バラエティに富んだ内容と学習を提供をすることで、地域の産業の発展と労働も支えている。Photo | Clark College

|ニーズにあった良い教育を提供したい vs 入学者減少問題


生徒のことを第一に考えて、サポートをしてきたい。しかしながら、現在のコロナ禍の影響から、ほぼすべての全米公私大学は財政的に苦しい状況にあります。


特に新学年度の2021年からは、多くの高等教育機関が直面する『入学者減少』は避けられない問題です。コロナ禍により、進学をあきらめる高校生が急増しているのも辛い現実。家庭の金銭事情の変化、企業採用数の減少、また、アルバイトがなくなり学費を捻出できなくなった等。これらの理由は、日本とほぼ同じです。


このことが意味すること。それは、教育機関本体の深刻な財政赤字が発生するということです。今、全米の高等教育機関では、その対応策と取り組みに力を入れざる得ない状況となっています。


多くの北米の短大・大学では、大学運営に必要なコストの上昇と収入の減少というバランスを崩した問題を抱えている真っただ中。そして残念なことに、この問題解決は決して短期間では解消できないと言われています。


「これから、少しずつパンデミックから脱出していく方向に社会が動いていきます。そして経済が、少しずつでも良い方向に動いていくはず...そう楽観的でありたいです。しかし同時に、シビアな現実を見極めて具体的な案を考え、さらに前進して学校を運営していかなければならない。その務めが私にはあります。」そう静かに語るカリンさん。


入学者数が増えていく方向に転じていけば、教育機関の収入も増える。それによって、幅広くより良い教育を多様な方向に提供することが可能になる。しかしそれには、多くの時間を要することは明白です。


と言いつつも、今年の日本では、高校卒業後すぐに就職を希望する高校生が去年より減少しているという数字が出ています。コロナ禍の就職不安から、進学を希望する生徒が増加しているというのが理由です。それに伴って、この不景気の最中、日本の進学に必要な資金の問題は避けて通れません。


そしてそれは、このアメリカでも同じこと。日本同様、『将来の重い足かせ』となっている現実があります。


| 現在のアメリカ教育費事情


大学進学のための資金調達は、長年アメリカの多くの家庭で、ごく当たり前のように行われてきました。つい最近の調査によると、55%の家庭が今年2021年度には、学生ローンを組む予定だと答えています。

〚College Ave Student Loans Reviews: Private Student Loans and Student Loan Refinancing 2021年7月〛


ローンを組む事を決めた家族が良く言うセリフ。それは、「せっかく合格したのだから。進学という夢をかなえるためには、ローンを組むしかない。」


しかし、ローンを貸し出す会社側は冷静にこう言います。「ちょっと待ってください。例えば、私立大学の4年間に必要な教育費の平均3000万円という額。そして、ここに生活費が加算されます。それをどうやって支払い続けていくのか、その策はありますか。入学前の今の時点で、それをしっかりと考えてください。親御さんがローンで払っていくのですか。それとも、お子さん本人が学校を卒業後、35年ローンで支払いを続けていくのですか。そして、絶対に忘れないで欲しいこと。それは、アメリカにおける学費ローンは、なにがあっても個人破産申請が出来ない、唯一のローンなんですよ。」


卒業後直ちに、少なくとも10年間働き続けることを固く誓っている。または、なにがあっても職を得る。ということであれば、多額のローンを抱えても高等教育を受ける意味はあるでしょう。


もちろん、私立に比べれば公立のコミュニティー・カレッジはだいぶ低い授業料設定になっています。とはいえ、その分、収入も減額されている家庭が多い。そんな彼らが、どのように授業料を捻出するのか。それも大きな問題となっています。


現在の風潮として、諸々の家庭状況からローンを組まずに教育を受けて2年制の短大を卒業する。そして、就職をするという道を選ぶ学生が増えているのにも納得がいきます。そして働き始めた後、キャリアのためにより高い教育が必要になった場合に、そこで4年制に編入する。そう考える人が増加してきたのも、今のアメリカ教育事情と社会情勢を反映しているのではないでしょうか。


中流下層から低所得層、移民や有色人種の学生にとって『教育を受けたい。でもお金がない。』という問題は想像以上に切実なものです。そしてこれは。アメリカだけの問題ではありません。カリンさんは、さらにこう続けます。


「教育変革には、献身的で熱心なリーダーシップが必要です。変化の創造と管理、成功に導くためのチーム作り、社内外の関係者との関係やパートナーシップの構築、コミュニティのニーズの評価と対応などが不可欠になってきます。


この激しく流動する時代に、学校をそして地域教育をリードするため。私は、より具体的に考え継続的に働きかけていきたいと心から思っているのです。


現在の地域教育に求められる社会的正義をしっかりと把握すること。そして、成功へと導くことに特化するプランニング。そこに必要な、指導力と行動力が不可欠だと確信しています。」


今の時代、風潮的に『平等』と謳うことは、以前に比べて容易いことになってきました。しかし、表面だけを謳っても現実は変わりません。


「それぞれの土地には、多くの才能と能力があるはずです。そんな学生一人一人が、その地域の経済の原動力となっていることを忘れてはいけないのです。」と、人を包みこむ微笑みのカリンさんは、そう締めくくりました。


豊かさとは、社会との繋がりを感じて安心できること。生活の安定化があること。そして、多様な生き方が認められること。今の時代、『コトが少しでも豊かに運ぶようにする』努め。そんな小さな意識が、より一層求められているような気がします。


あなただからできる努めと生き方は、どこにありますか。


次回は、現在のポートランドで『働く女性』とその『多様な姿』にフォーカスをします。何を職場で悩み、前進して行っているのか。次の世代に必要な能力や事柄とは? 女性だけでなく、働く男性にも読んで頂きたい内容となっています。 10月15日掲載です!


President Karin Edwards, Clark College
Photo | President Karin Edwards, Clark College

「本、コト、ときおりコンフォートフード」


カリン|she/her|クラーク・カレッジ学長


言語を越えたコミュニケーションの築き


人間関係を良好にするには、よく話をし、相手の文化を受け入れることです。ポートランドの教育繋がりで、大阪、京都、出雲を訪問する機会があり、すっかり日本の文化が好きになりました。優しさは全ての基本。言語というコミュニケーションツールを越えて、相手をいとおしく思うという心。それが、豊かな社会を作るのではないでしょうか。


記:各回にご登場いただいた方や、記載団体に関するお問い合わせは、直接山本迄ご連絡頂ければ幸いです。本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。