最新の米国社会現象から見る、ポートランド。食のサードプレイス

ニューズウィーク日本版掲載 2022年5月11日

Photo of beer, cheese and salami
ノースウエスト・スタイルと呼ばれる、オレゴン地元産の素材を使うレストランの元祖。地ビール、ワインは当たり前。米国レストランのアカデミー賞ともいえる、ジェームズ・ビアード賞でベストシェフを受賞したシェフ。その工房から生み出される手作りの料理は、あっさりとして日本人好み。Photo | Higgins Restaurant

食文化の豊かさと高さから、長年にわたって世界に名を広めるようになったポートランド。地元産を購入して、地元で消費するというコンセプトが長年定着。この食のムーブメントは、西海岸だけにはとどまらず世界に広がっていきました。


ここ数年にわたる『日本の地産地消』への注目。実は、そのコンセプトのオリジナルはポートランド。このことを知る人は、意外に少ないのかもしれません。


そのムーブメントの立役者が、ダウンタウンにあるヒギンズ・レストランのオーナーであるヒギンズさん。2002年の米国レストランのアカデミー賞ともいえる、ジェームズ・ビアード賞でベストシェフを受賞。レストランという名の『サードプレイス(居場所)』を提供し、多くの市民に愛されている、とても人間味あふれる温かい方です。


長引くコロナ禍で窮地に立たされる日々。今、新しいコンセプトのビジネスとスタイルを取り入れて、再出発しています。


そのヒギンズさんが身を置く、サービス産業とビジネス全般分野。実は、現在のアメリカでは、コロナの影響を受けた意外な社会現象が起こっています。


そこから見えるビジネス復活への道筋。日本の人々へのヒントとは、どのようなものなのでしょうか。2022年に必要とされるマインド、そしてビジネスへの古くて新しいコンセプトを特別に語ってもらいました。


| 地元産フードムーブメントのきっかけ


1980年代までのアメリカを代表する飲食といえば、ハンバーガー、アメリカンコーヒー、サラダ、ドーナッツなど手軽なものが主流。とはいえ、1950年代の専業主婦数に比べて、女性の社会進出数の増加と比例するように、冷凍食品やインスタント製品、ファーストフードを口にする機会も自然と増えていきました。


その後、1990年代から景気の伸びと共に、食に対する文化と人々の感覚に変化が生まれ始めます。特に、ベビーブーマー(団塊の世代)と呼ばれる層、そしてITで成功した人々が、食に対して新しいコンセプトを求めるようになっていくのです。


同時に、『オーガニック』への関心が以前に増して強くなり始めます。この頃から、『農地からテーブルへ (Farm to Table) 』という地産地消の新しい食文化がじんわりと広がっていきます。


もともとオレゴンは、農産物、酪農品、水産海産物が豊富にある土地。にもかかわらず、当時のレストランの卸は、海外や他州からの原価の安い食材を大量に仕入れることで、採算を取っていた。そんなビジネス背景があります。


そんな長年の定着した流通システムに疑問を持ち、Farm to Tableのシステムを確立していったのが、ヒギンズさん。


「1970年代から食の文化が工業化されて、近所にある地元レストランでさえ、地元の卵、野菜、果物を扱わなくなってしまった。特に都市部の米国レストランでは、安心して食べられる食材を扱わなくなっていったんです。」


やるせない思いが、次第に強くなっていったヒギンズさん。そこで、ダウンタウンに出店をしている朝市(ファーマーズ・マーケット)の業者や農家と直接契約する。そんな連携策を考え、試作実施をし始めていきます。


「より強いローカル・システムの確立を目指す。それは、地域に必須であり、とても有効な経済発展の方策でした。


シェフと農家が、相互に良い関係を築き上げる努力をする。ここができれば、生産とマーケティングをうまく流し実施することで、互いのビジネスが安定、発展していくということに繋がるのです。」


でも、当時はこの新しい発想に賛同する人はほぼ皆無だった。


「ローカルの素材なんて、田舎っぽいし、第一ダサい。オーガニック素材? なに寝言を言ってるんだ。仕入れ値が高すぎて、レストランで使ったらすぐに赤字から破産に転がり落ちるだけだよ。そんなビジネスの基本もわからないのか。」そう言い続けられたと回想します。


当時は、雇われの身だったヒギンズ氏。ならば、自力で試していくしかない。そう思い、1994年に現在のレストランをダウンタウンにオープンをさせるのです。


Mr. Higgins who has been standing in the kitchen every day since the restaurant opened
レストラン開業以来、毎日キッチンに立つヒギンズさん(中央・黒いキャップ)。現在は、若いシェフの育成に力を注ぐ日々に喜びを感じる。(コロナ前に撮影) Photo | Higgins Restaurant

| 食はコミュニティー。家や職場以外のサードブレイス(居場所)を提供する生きがい


周りからの冷ややかな批判を背に受け、ビジネスパートナーと一緒に緻密に計画を練る日々。


農家と直接契約することで、コスト削減を実現。新鮮な旬の土地の素材をふんだんに使って、品を提供しはじめます。そこから、ポートランドスタイル料理、すなわち『ノースウエスト・スタイル(米国北西部地域)料理』というものを作り築いていったと言います。


「日本人にとって、旬の素材というのは、当たり前の考えですよね。でも当時の米国では、一般化していないコンセプトでした。四季に恵まれているオレゴン。魚、肉、キノコ、ベリー系の果物、生乳といった素材に恵まれている土地柄だから、地元の旬の素晴らしい食材を徹底して使う。それを生かした味付けで料理をする。だから、それまでのアメリカ料理にくらべると味は軽い、でも深みや旨味がでる。ちょうどその時期の健康志向から、地元市民へとすーっと浸透していったんです。」


ヒギンズさんの生み出すシンプルながら味わい深い料理。ちょうど時代の流れと人の嗜好の変化と相まって、全米で注目を集めていきます。


食の哲学。これをすべて解き明かすことは難しいけど。そう前置きをしながら、こう分析をします。


『食はコミュニティーである』これが、私の基本の考えです。


「まず第一に、持続可能なコンセプトで食材を生産する人々を尊重する。このことで、私たちはこの地球にある地の恵を元に、生産者、消費者との絆を築いていくことができます。そこからコトが広がって、コミュニティー、住民、食材の提供者の皆が、心身共に幸せを感じる。さらに、そういう感情や空気が町全体へと広がっていく。


オーガニックでサステナブルな食品は、私たちの身体にも地球にも、そして人々の交流に不可欠なものなんです。」


ヒギンズさんは、30年近くにわたって数え切れないほどの農家、牧場主、漁師、パン職人、醸造家、チーズ職人、その他多くの食品職人たちと深い信頼関係を築いてきました。


「レストランで使用するだけではなく、食卓に並ぶ食材の移動距離を縮めること。これは、その地域やコミュニティーを強化して、より新鮮で栄養価の高い食材を提供することに繋がります。加えて、より健全な地域食品経済の形成にも役立つ。さらに、都市と農村の格差を最小限に抑えることができる。だから、産業と生活にとって不可欠なシステムと言えるのです。」


このようなヒギンズさんの働きが波を生み、世界の都市や自治体でのローカルフード(地元産に重きを置く)分野に大きな影響を与えていきます。


そんな矢先、突然襲ってきたコロナという名の大きな嵐。世界中のビジネスを飲み込んでいきます。


現在も継続して苦しめられている、レストラン・飲食・サービス産業というのは、日本も米国も同じです。


コロナ禍中、3年目の今。アメリカ全体ではどの様な現象が起きているのでしょうか。ヒギンズさんからの日本のビジネスへのアドバイスはどのようなものでしょうか。


Collaboration of local vegetables and mussels from Oregon coast
オレゴンの海岸で採れたムール貝と地産の野菜のコラボ。そこに、ヒギンズさんが育てた数々のハーブを添えて。アメリカ一般料理でありがちな、煮込みすぎもないから貝のホクホク感がうれしい。 Photo | Higgins Restaurant


Plum tart
春から初夏にかけては、甘酸っぱいプラムタルトを。ベリー系やフルーツ、そして良質な小麦も有名なオレゴン。四季折々のフルーツをふんだんに使ったデザートは、お砂糖控えめ。健康にも配慮しながら、目と心も楽しませてくれる。 Photo | Higgins Restaurant

| コロナ禍とその後を見据えた、産業への新たな種まき


世界中の人は、今現在、明確な道筋や時間軸を持たずに漂流している。そんな、超現実感を味わっているのではないか。そう、話し続けるヒギンズさん。


「休業するにあたって、67人の従業員を全員解雇してね。これが最も辛かった。食材の在庫をすべて手放してドアに鍵をかけた時、果たして元の『普通』に戻ることはできるのだろうか。今まで経験したことがないことが始まる、そう考えると崩れ落ちそうになったのを今でも覚えているよ。」


コロナ前の統計からみると、米国内の外食産業は約1100万人の労働者を抱えています。その年間売上高は、1兆ドル(約130兆円)規模。米国の国内総生産の4%を占める割合です。さらにそこから枝葉のように、地元の農業、漁業、酪農、食品職人などとも密接に結びついている巨大産業ビジネスです。


日本のレストラン・飲食、サービス産業への政府の補助金額が米国に比べると少ない。そのため、廃業した小さなレストランが多くある。そう説明すると、ヒギンズさんはさらに続けます。


「夫婦で切り盛りしている小さなレストラン、資金が底をつくサービス産業。補助金が充分ではなく廃業に至るという点では、米国内も同じことなんだ。


連邦政府の景気刺激策による補助金が、中小企業を回復させるために提供されてね。でもその資金額は、自分たちのビジネスの必要な部分を満たす前に、すぐに底をついてしまった。通常補助金だけでは、全然足りず。だから切羽詰まって、行政にさらに動いてもらうために、救済資金を求めるロビー活動を行ったんだ。同時に、このサービス産業の苦難の道のりを記録としてフィルムに収めておく必要がある。そう思って、友人の短編ドキュメンタリー映画作家に声をかけたりもした。」


どんなバカげている方法と言われても、とにかく試してみる。コロナ禍中から今後を見据えて、新しい種まきをしなければ生き残れない。クリエイティブに頭を柔軟にして、ありとあらゆる案と策を考えては試していきました。


そんな方法の一つが、ヒギンズの屋外版である『ピギンズ』。特注のフードトレーラーを設計し購入。出店場所の家主と交渉して、オープンをさせました。


試行錯誤を繰り返しながら、なんとか山を乗り越えたヒギンズ・レストラン。特に、2022年に入り、公共の場所でもマスク着用不要となった今。人々は少しずつ、まだ地区としては混とんとしているダウンタウンに足を運ぶようになっていきます。


日本語のメディアでは、マスクをしなくなったアメリカ人が、コロナを無きコトにしている。そんなニュースばかりが取り上げられています。でも、そのような感覚を持つ人は、ほんの一部。やはり、試行錯誤で自分の身を守る策を取り入れ、柔軟に物事を考えて行動している一般市民がほとんどです。


米国内とくに西海岸では、企業サイズは関係なく、コロナ禍中から今後にかけての新しい方向をすでに見据えて動き出しています。ニューノーマルという言葉こそ使いませんが、とっくに柔軟に起動修正をして前進を始めているのです。ビジネスにおいて、コロナと共に生きる時代が始まったという意識。日本はどうでしょうか。米国の行動や感覚と、大きなギャップがあるように感じますか。


しかし、こんな思考のシフトからか、ここ数ヶ月で別の大きな問題が発生しています。それが、人手不足。


そしてこれが、現在のアメリカの深刻な社会現象に発展しているのです。


Outdoor restaurant Piggins
苦肉の策で、生み出したアウトドア型レストラン。ヒギンズ (Higgins) を文字って、豚に例えてピギンズ (PIGgins) 。Photo | Higgins Restaurant


| 人材不足=価値観の大きな変化、これからを乗り切るヒント


現在、全米各地、特に都市部では『大量離職時代』とも表現されている人手不足が深刻な経済問題、そして社会現象になっています。


コロナの影響から、生活環境の変化、失業、一時的な休業(政府からの援助金を得ながらの生活)、職・人間関係・自分自身の価値観の変化。そのような様々な要因から、人の移動が起きていると分析されています。


その背景には、このような理由が。


*客と対面する業種が休業する傾向が高い。働く側は、対面会話することに対して不安が急上昇。


*自分自身の人生を見直すきっかけとなり、それが転じて、職種を変える足掛かりになる。


*最低賃金~中賃金レベルで働くしかない層の人が、政府補助金をもらう事により、決して良いとは言えない職環境を見直し始めた。賃金上昇をしている分野への転職が急上昇。


*より高い賃金を求めて、人々はジョブ・ホッピング(職を転々と駆け上がっていく)をする傾向。


*失業を機に、より安い生活環境を求めて他州へと移住。都市部に、低賃金で働く人が減少。


わかりやすい例で言うと、コロナ前にファーストフード、レストラン、工場で日雇い・バイトとして低賃金で働いていた人。コロナ禍で流通業界の働き手が大量に必要となり、企業は賃金を少し高めに設定して人材を確保する策を出します。それに乗り、流通センターや流通ドライバーなどへの移行が一気に起こりました。また、賃金の安い割に労働がきつめ、かつ複数対面式という精神的に辛い職場の保育士や公立初等教師など。オンライン用資料の作成ができない等の能力理由も重なって、この職種も離職率が高い。個人ベビーシッターなどマンツーマン式で高賃金のポジションに移行すると聞きます。


アメリカ労働省の発表によると、コロナ禍で人材不足が著しく、賃金上昇率が高くなった輸送・倉庫・製造・レジャー業界への転職が多いとなっています。


今、ぽっかりと空いてしまったフードやサービス産業の人材。現在、ボーナスや福利厚生に上乗せして、人件を埋めようと必死です。


因みに、最近目にして驚いた広告にこんなものがありました。


『中規模レストラン:コック大募集。雇用契約の祝い一時金として、その場で10万円プラス福利厚生向上を約束します。』『老舗有名デパート:販売員募集。あなたが働いてくれるのと同時に、もう一人推薦してくれたのなら、即ボーナス15万円支給。』


このような環境の中、ヒギンズ・レストランは、どのような状況なのでしょうか。そう尋ねると、先ほどとは違った硬い表情で、語り始めます。


「以前は67人いた従業員が30人しか集まっていないのが、現状。そんなことから、営業時間を制限せざる得ないのは復活の足かせになっているよね。


ポートランドは、パンデミック時に3つの調理師学校がすべて廃業。厨房スタッフの主要な供給源を失った。聞いた話によると、レストランやホスピタリティ業界で働く人の40%は、この業界を去って他の業種に転職したそうだし。


とはいえ、ポートランドのダウンタウンの状況は少しずつ良くなって来ていると感じている。人手不足だけど、ビジネスは徐々に回復しているのは確かですよ。


でも正直なところ、レストランで心から楽しんで外食をしたり信頼を得るには、もう少し時間がかかるんじゃないかな。元のポートランドに戻るまでには、まだまだ道のりがある。だから、踏ん張らないといけないんだ。」


ポートランドでも日本でも、いつまで続くか分からない不安を抱えている人は多いはず。そう切り出して、日本の皆さんへ伝えてほしいと、静かにでも熱く話を続けるヒギンズさん。


「このニュー・ノーマルと言われるような状態がいつまで続くかわからない。でも状況は変わらない。だったら、前向きに考えて、日々の暮らしをより良いものに改善していく。少なくとも私はそういう結論に達したのです。


苦境が続く日本の皆さん。どうぞ、信じることを止めないでください。 最悪の時にこそ、最高のアイデアが生まれる、絞り出す。そう努めてください。」


最後に、あなたにとって、ライフスタイルにおけるポートランドスタイルとは何ですか?と聞くと、少年のような笑顔でこう答えてくれました。


「友人と一緒に作り、食する、楽しい時間を共有する。食とコミュニティーによって、人の笑顔を見るのが何よりも楽しい。」


地域と人々に支えられて、今の自分があると感じているヒギンズさん。


人に支えられ、試行錯誤を繰り返した初心があるから現在の自分がある。そう考えると、今ある時間も大切に思えます。


当たり前の日々支えてくれる、モノやコト。身の周りにいる人々。四季折々の地の産物。当たり前のわずかなものから生み出される豊かさ。そして、そこから生まれる感謝の気持ち。


今日あなたは、どんな小さな当たり前に「ありがたい」と心の中でつぶやきますか。



次回のテーマは、ポートランドモデル第3弾。『地元クラフト産業』に注目します。ポートランド発祥と言われる、シェアー型工房とは? 日本や世界から視察が止まらないほどに、影響を与えてきた第一人者の働きとは? 起業から発展。そして、現在のコロナ禍でのビジネス経営の乗り越え方。もの作りと産業全般に向けた、多くのヒントを深堀りします。6月10日掲載です!



記:各回にご登場いただいた方や記載団体に関するお問い合わせは、直接山本迄ご連絡頂ければ幸いです。本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。