変わりゆくキャリア? 「信頼」と「誠実さ」が選ばれる時代へ ー 米国ポートランドが示す『ニューカラー・キャリア』
- pdxcoordinator
- Jul 4
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学歴よりも、信頼。肩書きよりも、実績。 いま選ばれる人の条件が変わりはじめている。
世界中が注目するポートランド国際空港(以下、PDX空港)。地元産の木材を活かした温もり、地熱利用などの最先端技術。
しかしそれだけでなく、目には見えない大勢の人々の繋がりと熱意が息づき、自然光に包まれる空港を歩く度に思わず心が熱くなります。
そして、このPDX空港のプロジェクトに大きく関わった一人がリベカさん。ポートランドに本社を持つホフマン建設会社で、現場の最前線を歩きながら自身のキャリアを築き上げた購買部長です。
今、AIの進化や働き方改革が加速する時代。
ホワイトカラーでもブルーカラーでもない。そんな従来の枠を超えた新しいキャリアのかたち『ニューカラー・キャリア』が、いま静かに注目を集めています。
これは、学歴だけではなく、現場で培ったスキルや人との信頼関係を評価の基準とし、個人が自分らしいキャリアを築いていく形のこと。
米国ではすでにその動きが加速し、日本でも少しずつその兆しが見え始めています。
では、現代が求め始めた新たなキャリアとはいったいどのようなものなのでしょうか?
そのヒントを、一人のシングルマザーとPDX空港というポートランドの現場から紐解いていきましょう。

理屈より気づき、肩書より信頼 - たたき上げで育てたキャリアの土台
リベカさんのキャリアは、まさにたたき上げ。特に建築を学んだわけではなく、現場で地道に学び、経験を積み重ねながらキャリアを築いてきました。
最初の仕事は、父の塗装業で帳簿付けの手伝い。その後、電気業者での事務職などの経験を積み、ポートランドに本社を構える最優良建築会社としても知られるホフマン建築会社に中途採用で転職し、購買部門に配属されました。
入社後は、12年にわたって複数のプロジェクトに携わりながら、着実にステップを重ねていきます。働くひとりの社会人として、そしてシングルマザーとして、目の前の仕事に真摯に向き合い、与えられた役割をひとつひとつ丁寧に積み重ねてきました。
そうした日々の経験を糧に、現在では部長という立場で、業務の要を担うまでに至っています。
「入社して間もない頃に任されたのは、安全報告、請求調整、日報作成など、目立たない仕事ばかりでした。
しかし、その様な仕事に対しても、『なぜこの作業が必要なのか』。また、『この先に起こりそうな問題は何か』ということを常に意識していました。
当たり前のことを丁寧に、当たり前にやり抜く。そうすれば、信頼は必ずついてくる。そう信じて、日々スキルを伸ばしてきたのです。」

信頼が流れる現場には、文化がある ー ホフマンがともに育てる、PDX空港の協働
PDX空港の再開発プロジェクトは、複数の設計・建設会社が連携しながら進められています。そこには、個々のスキルや役職を超えて、信頼をベースとした対話が浸透しています。
このしくみを支える一人、プロジェクトマネージャーのカトリーナさんにもお聞きしました。
「初期段階から、協働企業間の信頼関係と継続的な対話を意図的に行ってきました。問題が起きたときにも、誰かを責めるのではなく、チームとしてどう乗り越えるかという視点にフォーカスを置いていたのです。」
設計・施工・エンジニアリングを超えた垣根のないコミュニケーションは、定期的なパートナーリング・セッションを通じて育まれ、現場全体の風通しをよくしています。
くわえて、既存構造の再利用、地元産木材の活用、地熱暖房と高効率システムの導入。「To build well and green(しっかり造り、環境にも配慮する)」という理念も、実際の建設プロセスで具現化されています。
さらに、女性やマイノリティ人種企業への参画も積極的に推進され、全体の22%以上がこうした企業によって担われています。くわえて、意思決定や調整といった上流工程にも、多様な人材が関わっています。
私たちがこのプロジェクトを進めるなかで、特に大切にしてきたのは、誰が悪いかではなく、チームとしてどう乗り越えるかという視点でした。
その姿勢が文化として現場に根づいたことで、構造・施工・設計の各要素が高度に統合され、PDX空港は人と人とのつながりを基盤に築かれる、稀有な協働の現場となったのです。

いま、評価の基準が変わってきている? ニューカラー・キャリアに見る『信頼で選ばれる人の3つの条件』!
そんな 人と人とのつながりを軸とした働き方の延長線上にあるのが、近年、特に米国で注目されているニューカラー・キャリアという新しい人材観です。
これは、大学での学位よりも、現場で培ったスキルや、信頼に基づく仕事ぶりを重視するという価値観。
いま、採用や昇進の基準が、徐々に書き換えられつつあります。
ブルーカラーのような肉体労働でも、ホワイトカラーのように学歴を前提とするオフィスワークでもない。その間に生まれた職種群こそが、ニューカラー・キャリアと呼ばれる新しい選択肢。
ここで評価されるのは、実務を通じて磨かれた経験や、現場で活きる実践的な力です。
実際、アメリカでは先進的な企業を中心に、「4年制大学卒必須」を採用条件から外すという動きが広がりつつあります。
最近の日本の大手コンサルタント会社による調査でも、実務経験やスキルが十分にあるにもかかわらず、学位がないという理由だけで面接の機会すら得られないケースが多いと報告されています。
その結果、優秀な人材が見過ごされてしまう現状に対し、企業の人事担当者や採用の専門家からも懸念の声が上がっています。
今、採用の常識は静かに変わり始めており、その流れは確実に広がりを見せつつあります。
ではなぜ、ニューカラー・キャリアが注目されているのでしょうか。
そこには、AIや自動化の急速な進展。さらには、先進国での人手不足が深刻化するなか、日本でも同様に現場で信頼される人材がこれまで以上に求められているからです。
こうした働き方が広がっている背景には、いくつかの共通する傾向が見えてきます。
個人的な観察と分析を通して見えてきた、特に印象的な3つの視点を少しご紹介しましょう。

ニューカラー・キャリアに学ぶ、
『これからの人』 3つのポイント!
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① 学歴より 誰をどう支えたかで評価される文化
肩書きではなく、日々の行動と貢献で信頼を築いた人が選ばれる時代へ。
支える力こそ、職場に活力を生み出す「これからの強み」となります。
② 現場で課題を解決し、人と調和する対応力
トラブルや人間関係に柔軟に、冷静に向き合える力。
マニュアルでは学べない「実践知」が、今もっとも求められています。
③ 成果や工夫を記録して伝える力
自分の工夫や行動を「見えるかたちで共有できる力」もまた重要。
信頼を育てるのは、こうした積み重ねです。
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積み重ねてきた生き方が、時代の先に重なっていく ー 働き方の新しい価値と『選ばれる人』の思考
チームと現場をつなぐリベカさんの姿は、働く親としても多くの示唆があります。
仕事と子育てを両立してきた、シングルマザーでもあるリベカさんの歩みに共感せずにはいられません。
「この仕事は、娘にとって本当に良いものだろうか?そんな視点をいつも軸にして選び続けてきたのです。収入の額だけでなく、福利厚生の内容、勤務時間が育児と両立できるかどうか。そうした条件を毎回、ひとつひとつ丁寧に見極めてきました。」
ちなみに日本では、シングルマザー世帯の約56%が相対的貧困状態にあるというデータがあります。
雇用されていることは、もはや生活の安定を保証しない時代。当たり前だったはずの安心さえも、少しずつ遠ざかっていく社会。
私たちは、そのただ中で日々を送りながら。あらためて立ち止まり、静かに問い直すタイミングに差しかかっているのかもしれません。
そんな時代にあって、「目の前にある小さな選択を、吟味する習慣をつけて、その小さなものを誠実に重ねていく。」
そんなリベカさんの歩みには、私たちがこれからを考える上での、大切なヒントが込められているように思います。
母として、働く女性としてのリベカさんの歩みを支えてきた価値観をこのように締めくくってくれました。
「キャリアも子育ても、一足飛びには進めません。大切なのは、忍耐と粘り強さ。
それを地道に積み重ねていけば、必ず最適なタイミングで最適なチャンスがやってきます。そして、やってきたそのチャンスを逃さず、勇気をもって受け入れること。それが未来をひらく鍵になります。
私自身の歩みを通して。また、まわりの人たちを見ていても、これは確信をもって言えることです。」
これが、これからの時代にこそ求められる、古くて新しい『働き方の原点』なのかもしれません。
| 次号予告
日本人の有名美容師を父に持ち、メキシコで育ち、いまポートランドで建築実務に携わる一人の設計者。
今、この町で始まった新たなまちづくりのプロジェクト。現場の声にを丁寧にすくい上げ現実にしていく ー「誰の声をまちに反映させるのか?」
かつてこの町では、住民の声を置き去りにした行政主導の都市開発が地域と市民に深い傷痕を残しました。その結果、ポートランド開発局そのものが姿を消すに至った過去があります。
異なる文化を横断してきた一人の日系人の視点と実践力が、ポートランドのまちづくりにどんな風を吹き込むのか。
2025年7月中旬 掲載予定。どうぞご期待ください。

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