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2022年 新たな時代、ポートランド 4つのP『イノベーション』の飛躍

Nike World Headquarters
コロナ禍の2019年に完工した、ナイキ本社敷地内にあるイノベーションセンター。東京ドーム15個分という巨大施設。 屋内には、世界最大級のモーションキャプチャーカメラ400台、 フォースプレート・床反力計が97枚など。多種多様な最新機器が整備されている。Photo | Courtesy Nike

コロナ禍からの経済回復が期待されていた昨年末。しかしながら、さらなるオミクロン株数上昇によって、長引くコロナ禍の不安が払拭されないまま、2022年を迎えました。


この2年間で、社会、くらし、そしてビジネス環境は一変しています。さらに、企業に求める価値や技術、商品も以前とは大きく変化をしています。


このように、外部の環境が日々刻々と変化する今。どの企業も自社の中核となる強みを活かすことはそのままに。同時に、柔軟かつ迅速に新たな価値を創造することが求められている時代です。


特に今年からは、時代と社会の要請に応える新たな技術やビジネスが次々と生まれ、台頭することになるでしょう。どの業界でも、新しい知識、順応性、そして小さなイノベーション無しでは頭打ちになる。このことは先進国の常識になりつつあります。


さて、新年初の記念すべき記事はナイキ。ポートランド郊外に本社を構え、世界を牽引するオレゴンブランドです。


『革新的な技術やアィデアを発信し続ける』。このコンセプトを元に、コロナ禍に完工した新イノベーションセンター。そこから、企業内部の新しい取り組み、2022年からの新しい働きかたを掘り下げます。


実は、ナイキとは長い付き合いの筆者。日本法人立ち上げの際、初代支社長の麻布の一軒家に、1980年代初頭に出入りをしていたことから始まります。(当時は、スニーカーという言い方ではなく、運動靴という表現をしていました。)その後、筆者がポートランドで起業してからも、多数のプロジェクトや国際会議に携わったり。日本メディア初となる社内独占インタビューを日本のTV番組用に撮影をしたり。又、創設者のフィル・ナイト氏とプライベートでお付き合いをしているのも、何かのご縁の延長なのだと感じています。


そのフィル・ナイト氏の言葉。「ナイキの人々、そして彼らのユニークでクリエイティブな働き方こそが、ナイキを特別なものにしている。」この表現からわかるように、大企業の取り組みと進化が、中小企業さらには消費者側へも影響していく。


このオレゴン発の世界的企業から、一個人としての私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。独自の取材から見えてきた、新しい時代を進むナイキの取り組みをお届けします。



Nike World Headquarters
本社内にあるナイキ歴史博物館。実際に、このワゴン車を使って行商スタイルビジネスを開始した。〚テレビ東京『ガイアの夜明け』の撮影風景。日本初独占取材を取り付け、デザイナー&マーケティングの貴重な秘話を元に番組を制作。駅伝で新記録を生み出した、厚底シューズの秘密を特別に語ってもらった思い出の一枚。〛Photo | ©2022PDXCOORDINATOR, LLC

|Just Do It. ナイキの流れ


ナイキは、1972年オレゴン大学の陸上のコーチ、ビル・バウアーマンとその教え子フィル・ナイトによって創立されました。ランニングシューズの行商からビジネスを開始。紆余曲折を経て、今では世界のスポーツビジネスを牽引する大企業に成長、発展し続けています。その歩みは、『シュー・ドッグ』として書籍発行され、世界のビジネス書のベストセラーにもなりました。


現在、ポートランド郊外にある本社(ワールド・ヘッドクオーター、以下WHQと表示)では、1万人以上の社員が働いています。


業務運営の特徴は、世界の動きに先行する形で、攻めのビジョンであること。同時に、削減するところはシビアに切り取り、重要な分野には予算や雇用を増やすビジネスを展開しています。加えて、数年ごとに組織改革を行って、フラットな組織を維持する。これが現在のナイキの芯の部分。すなわち、イノベーションのDNAの元となっています。


そしてこの経営方針と方向性は、スポーツビジネスだけにとどまらず、常に一歩先に行く世界のビジネスの手本にもなっています。


ところで、誰でも知っている "Just Do it." のスローガン。これは、消費者向けマーケティングの言葉だけではないとのこと。社員に対しても同様に激励をおくる。そんな意味もあるといいます。


これまでのナイキの歴史と文化との深い繋がりを元に、『恐れずに、新しいことに常にチャレンジしていく精神』が社員にも大切だと。この世界の一人ひとりが、クリエイティブであること。そして、自分の意見をきちんと発信してくことが出来るような環境作り。そんな大きなメッセージが込められているのです。



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新たに完工したレブロン・ジェームス イノベーションセンター Photo | Courtesy Nike

|革新的な技術とアイディアを発信し続ける、イノベーションセンター


さらなる事業拡張とイノベーションを円滑に行う必要性を感じたWHQ。2015年から、キャンパス拡大と複数の新しいビル建築計画が開始されます。コロナ禍での遅延はあったものの、ついに2019年完工をします。


中でも、際立って目につく建物。それが新施設ビルの一つである、レブロン・ジェームス・イノベーションセンター。プロバスケットボール、LAレイカーズのスーパースターから命名されました。彼のプレイを表現する高性能な身体能力と運動能力から着想を得て、スピードという概念を表現したデザイン。イノベーションのDNA的アイコンとなっています。


この巨大な建物は、70万平方メートル(東京ドーム約15個分!)。 当然、建築の環境にも十分な配慮がいたるところに。オレゴン州内、最大規模のLEED(環境性能評価システム認証)の最高プラチナ建築認証を受理。パッシブ換気、中央アトリウムからの採光、太陽光発電設備。さらには、オレゴン産の弾力性のある材料を使用。建物全体の節水戦略も、持続可能目標をさらに後押ししています。


また、各所にも意味があります。例えば、ビルの最上階にあるスポーツリサーチ・ラボは、イノベーションへの継続的な献身を表現。メイン入り口から5mの高さにあるワッフルスラブのベースは、初期のナイキシューズの象徴であるワッフルパターンにちなんだもの。さらには、研究開発と商品試験のためのランニング用トラック、フルサイズのNBAサイズのバスケットボールコート、人口芝のトレーニングピッチなどが廻りに備えてある総合ビルとなっています。


ここではつい、建造物というハードの部分に注目しがち。でも忘れてはいけないのは、本質であるソフトの部分です。以前は、WHQの巨大敷地内にある各ビルに分散されていた、総勢700名程のイノベーションに関連する社員。しかし、このイノベーションセンターによって、その人数を一気に集結することが可能になったのです。


一か所に集まることによって、アイディアをより自由に交換することが可能になり、同時に時間と労力の節約にも繋がります。新しい考え、モノ・コトが自然に、偶然的に、そして必然的に湧き上がるような設計がされています。〚但し、現在はコロナ禍のためリモートワークが主流となっています。〛


同時に、環境問題にも力を注いでいます。それが、「Move to Zero」という理念と活動。地球環境とスポーツの未来を守るために、二酸化炭素と廃棄物排出量ゼロを目指す包括的な取り組みです。


所有施設と運営施設において、2025年までには100%再生エネルギー稼働。2030年までに二酸化炭素の30%削減。それ以外にも、具体的な策が練り込まれています。


①素材:全てのフットウェア生産過程から生まれた、廃棄物の99%を再利用


②プラスチック:年間10億本以上廃棄されているペットボトル。ジャージやフライニットシューズのアッパー用の糸としてリサイクル


③シューズのリサイクル:「Reuse-A-Shoe」と「ナイキグラインド」という廃棄プログラムに基づき、陸上のトラックや遊技場の路面などに使用


地球環境レベルで考えた時、一つの企業だけで出来る範囲は限られています。ですから、共通ビジョンを持つ多種多様な企業とのコラボを積極的に行っていく。加えて、二酸化炭素の排出量などのプロトコルを管轄するために、共通の第3機関を導入する。このような取り組みも、すでに開始されています。


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イノベーションセンター敷地内には、楽しみながら仕事をする!そんなアイディアが、至るところに散りばめられているのも特徴。  Photo | Courtesy Nike



|多様性、新たな表現『バイポック』


人口分布図的に、白人が多数を占めているオレゴン州とその近郊市。それを反映する形で、ナイキWHQ社内でも白人が多数を占めているのが現実です。アジア人含めマイノリティーの割合の少なさが、大きな課題。多様性の問題については、2025年までに社員の『男女の割合を50・50』にする。そんなターゲットを挙げて前進をしています。


また、役職ランクが上に上がれば上がるほど、白人の男性が多い。これも、現WHQのまぎれもない事実です。このことを踏まえて、より公平にBIPOC(バイポック =『黒人・先住民・有色人種』というマイノリティーを表現する用語)、LGBTQといった分野を含め、社内の平等化を図るための取り組みを邁進するといいます。


実は、この聞きなれないBIPOCという言葉。人種差別撤廃を求める米国の動きの中で、昨年から頻繁に使われるようになってきました。


B = Black(黒人)・ I = Indigenous(先住民)・ POC = People of Color(有色人種)


近年、黒人を表す英語として、敬意を込めて『African American(アフリカ系アメリカ人)』という表現を使う傾向が強くありました。しかし同時に、「私の先祖は、アフリカ系ではない。」「黒人全てがアフリカから連れてこられたと、一絡げにしないでほしい』等といった、少し複雑な問題に発展。その様なことから、このBIPOCではBを使用する。そんな、アメリカならではの背景があります。


黒人と先住民という、米国の歴史の中で最も虐げられてきたマイノリティー人種。その二つが、BIPOCの頭文字に選ばれているのです。


ナイキWHQではこの他にも、アジア人に対する偏見*の "モデル・マイノリティー"(もの静かで、従順、上司や目上の人の指示には不平を言わない人種)という概念の変化も求められています。WHQ内で、差別をされた経験のあるアジア人、アジア系アメリカ人。そんな彼らが、アジア人以外の人々と公平に話をする機会の必要性。凝り固まった固定概念を打ち破り、互いに理解を促すなどの取り組みも既に始まっています。



| 2022年からの必須スキル4つのP! イノベーションと成長


4 essential skills from 2022
| ©2022PDXCOORDINATOR, LLC

現在のWHQは、オミクロン株の影響からリモート勤務が基本。とはいえ、コロナ禍中でも引き続き大切にしている働き方のコンセプトがあります。それは、『新しいプロセスへの順応性』と『そこに対応し続けるマインドセット』です。


これからますます発展していく、新しいツール。それを使いこなしながら、新しいコミュニケーションスタイルに対応し続ける柔軟性は必須です。コロナ前の対面式の利点と渦中からのリモートの利点。その双方をしっかりと融合させるマインドセットは、これからの時代には不可欠なスキルの一つとなっています。


『イノベーションを常に起こし、失敗を怖がらずに新しい事に挑戦し続ける。』『失敗することは当然のこと。そこを恐れずに、新しい事にスピーディにチャレンジをし続ける』。これらを奨励する文化やリーダーからのサポート。これは、長年のナイキを支える礎なのでしょう。


Nike World Headquarters
Photo | Courtesy Nike

| コロナ禍で見えてきた成長の姿勢


このような世界的リーダー企業のイノベーションを聞くと、どうしても「じゃあ、自分の組織は?」と考え、そのギャップに落ち込みがちです。


当然、日本で同じ事をする事はそう簡単ではありません。とはいえ、日本人の特性として良い点はたくさんあります。ですから、先ずはもう一度、プラス点や強みをしっかり考え書き出してみてください。


その上で方向性を見据え、リスクマネージメントやプランを立てていく。新しい事に挑戦をする仕組みを作り上げていく。そこからさらに、揺るがない新しい文化を築き上げていく。ナイキであっても、数えきれない程の紆余曲折があり、一日で築きあがった企業ではないのですから。


さらに、今注目を集めているコンセプトの一つ、『心理的安全性がイノベーションをもたらす』。この言葉を聞いたことがありますか。逆の言い方をすれば、『対人関係の不安によって、いかに社会や組織がむしばまれていくのか』ということです。これは、人々の心を守ることと同様、時間の節約と効率性に良い影響を与えてくれます。


例えば、日本の組織の特徴。それは、縦の繋がりはしっかりしている。でも、違った部署など横の繋がりは少ない。今、まさしくこんな時代だからこそ、風通しの良い組織に作り変える適切な時ではないでしょうか。


あまり大きく物事を考えすぎずに、例えば、WHQのイノベーションセンターの超縮小版を想像してみてください。違った分野との繋がり、アイディアの融合の『場』をまずは作り出す。そのことで、必然的または自然発生した多種多様なチームが機能し出し、いつしかイノベーションにつながることも現実に起こりうると想像できます。


人は弱いもの。周りの空気に敏感で、個人の心掛けだけでは、社会・組織の空気に流されずに行動することは難しい。ですから、一対一の信頼関係を作ること。そこを『はじめの一歩』として、そのような関係を増やしてみる。小さな働きかけから、大きなモノ・コトに繋がっていくのだと感じます。


いつ収束するか見えないこの時代。複雑で不安定な時ほど、行動力と判断力が必要です。そして、心理的安全性の高い組織と社会が生き残っていきます。


心理的安全性とは、「一人ひとりが、気兼ねなく意見を述べる事ができて、自分らしくいられる社会・組織」。そう、忖度文化からの脱皮です。


こんなことを言ったら、恥ずかしい思いをするのではないか。陰で色々言われるのではないか。そんな不安なしに、非難されることもない環境が求められているはずです。


組織で言えば、従業員が不安を感じることなくアイディアを出し合い、情報を共有し合える場と空気。失敗からの発見は、イノベーションへの第一歩。そう考えられる風土をつくり上げていくこと。このような環境が、2022年以降の社会と組織には不可欠なのだと、心から感じています。


この新しい時代。土をならして、種をまく時期なのかもしれません。芽が出るまでには時間が掛かります。でも、種をまかない事には芽は息吹くことはありません。今日あなたは、どんな種をまきたいですか。


次回のテーマは、2022年長引くコロナ禍の『場』としてのポートランド。市民として、ビジネスとして、そんな取り組みにフォーカスします。 2月11日掲載です!


ナイキWHQキャンパス敷地内への出入りは、常時、特別アポイントメント(オフィシャル)を取った方のみに限られています。またコロナ禍により、警備がより一層強化されています。視察見学に興味がある方は、筆者山本まで直接ご連絡を頂けますようお願い致します。





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